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時じくの香の木の実 2016年12月21日 第二話






何でも屋さん、と呼びかけられたので、階段の途中で立ち止まった。


ここは市の警察署。俺は今、ぐしょ濡れ男を発見した経緯について、事情聴取を受けてきたところだった。


事情、っていっても、車のぶつかるような音を聞いた後、霧の中から様子のおかしい男が現れました、だから事故の関係者だと思いました、ぐっしょり濡れてたのでびっくりしました、見るからに具合が悪そうなので救急車呼んで、警察にも通報しました、くらいなんだけどなぁ。


「はい?」


声のほうを振り返ると、俺の後を追ってか同じように階段を降りかけていた男が、大きく目を見開いた。


「……!」


自分で呼び止めたくせに、俺の顔を見て絶句してる。ああ、ここは警察署だし、この人は多分──。


「い、生きて……? いや、確か殉職したって……」


何やらぶつぶつ呟きながら、一歩一歩降りてくる。顔は青ざめ、眼はこちらを凝視したまま……。その強張った眼差しに、俺は密かに息を吐いた。


「──俺と同じ顔の、刑事だった男なら確かに死にました。俺はその兄です。俺たち、一卵性の双子だったんですよ」


あ、あ、そうですか、としどろもどろになっている。彼は弟の、元の同僚か何かなんだろう。


「すみません、こんなにそっくりなお兄さんがいるとは知らず、取り乱してしまいました……。自分は、あなたの弟さんと警察学校で同期だった鈴木といいます」


同期だったか。


「当時、自分は遠くの署に赴任していて、お葬式にも出られず……もし参列していたら、お兄さんのこともすぐに分かったはずなのに」


すみません、とまた謝る鈴木さんに、俺は首を振って見せた。


「いいんです、お気持ちだけで……。葬式は身内だけで済ませたんですよ。当時は気持ちが混乱してて、もし来ていただいても俺、お礼も言えなかったかもしれません。弟のこと、覚えていてくださるだけでうれしいです」


意識して笑顔を作る。それだけで他人は安心してくれる。俺もそのほうが気楽だった。


「そうですか──」


鈴木さんは肩の力を抜いたようだった。


「ところで、俺に何か用だったんじゃないですか?」


水を向けると、あ、と思い出したように声を上げる。


「そ、そうなんです。あの、あなたが今朝、病人を保護したという何でも屋さんなんですか?」


「ええ。仕事柄、朝早いもので。今日も顧客のグレートデンを散歩に連れて行くはずだったんですが、その途中であの人を見つけて……」


霧の中からいきなり現れるから、幽鬼のたぐいかと思いました、そう言うと、鈴木さんは頷いた。


「今朝の霧は酷いですもんね」


「ええ、まだ晴れない……」


もう九時だというのに、窓の外の霧は一向に晴れる気配が無い。表の駐車場に止めてある警察車両が、まるで影絵のようだ。


「──何だか、怖い映画を思い出しましたよ。霧の中から異世界の化け物が襲ってきてくるっていう、パニック映画。あれ、後味が最悪で……二度と観たくないと思いました」


自分の子供をあんな目に遭わせたくない。あのラストは、全ての親にとっての悪夢だろう。


「ああ、『ザ・フォッグ』っていうやつでしょう? 確かに、今日の霧はそんな感じですね」


一緒に残りの階段を下りながら、鈴木さんも言う。


視界が遮られる、それだけで人は不安になる。闇もそうだけど、明るいのに、見えそうで見えないというのもなかなか神経に来るものがある。


あの白く生き物のように蠢くとばりの向こう、ところどころ滲む影のそのまた影の、そこに何が潜んでいるのか……あの映画の異世界のモンスターたちは、人の恐怖の具現化だという説を聞いたことがある。正体の分からないものは恐ろしい、何故ならそれは死に通じるかもしれないからだと。死は恐怖の根源だ。死が恐ろしいのは、死が何なのか分からないからだと──。


「──分からないんですよ」


「え?」


俺の思考を読んだかのようなひと言に、俺は一瞬混乱した。鈴木さんは溜息をついている。


「あなたが保護した男の身元です」


「あ、ああ……そういえば、身に着けていたのは白い浴衣みたいなものだけでしたもんね」


濡れてたので脱がせ、代わりに俺のジャケットを着せたけど、本当にそれしか着てなかった。足元も素足で、履物すら履いていなかった。


「意識は戻らないんですか?」


「低体温になっていて、あなたが見つけなかったら凍死したかもしれない、と医者は言っていました。本日中に目覚めるのは無理だろう、とも」


「そうですか……」


救急車を呼び、警察に通報した後、これから迎えに行くはずだったグレートデン、伝さんの飼い主である吉井さんに連絡を入れた。早口で事情を話す俺に吉井さんは、伝さんの散歩は後でいいからゆっくり深呼吸をして落ち着け、と言ってくれた。


それから、濃霧のせいもあるだろうがなかなか来ない救急車に苛々しながら、俺は意識を失った男の手や足を必死に擦って何とか少しでも温めようとしていた。救急車が来た時にはホッとしたものだ。


発見者の務めとして、ストレッチャーに乗せられた男に付き添っ病院まで行き、救急治療室に運ばれるのを見届けて、ようやく安心することが出来たんだ。




おお、2ptアップ……ありがとうございます。

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、<俺>はどこでも変わらない。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』<俺>の平和な日常。長短いろいろ。
『古美術雑貨取扱店 慈恩堂奇譚』古道具屋、慈恩堂がらみの、ちょっと不思議なお話。
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