2016年4月13日の<俺> お天気雨 後編
カタン カタンカタンカタン カタンカタンカタン
よどみなく列車は走る。窓に当たって流れる小雨。
田中は傘持ってなかったみたいだけど大丈夫かな、と考えながら、混んでいない車内をぼんやり見回す。
T大の座敷童子って、また懐かしい渾名を……。時々、酒の席であいつにからかわれたっけ。何で別の大学だった田中が知ってるのか不思議だったけど、あいつの弟が俺と同じ大学だったと聞いて納得したもんだ。
学生の頃は、学部の有志飲み会でも部活のコンパでも、お前がいると人の集まりが違うから、とよく声を掛けられたものだった。新歓と追い出しの時期は忙しかった……。
最初に顔出すだけでいいから、って無理に誘われることもあったけど、俺だって試験勉強しないといけないし、レポートも書かないといけない。バイトだってあるし。断ったら、「お前のせいで参加者が予定より少なかった」と後から文句言われたっけ。
だけどさ、試験前とかレポート提出時期に合コンやろうったって、人が集まらないのは当然だと思うんだ。
あと、俺の参加するコンパは女子の参加率が多かった。何でかっていうと、安心できるから、だってさ。俺のいる飲み会は荒れないんだって。──俺はたいがい酔っ払ってて覚えてないんだけどな。
そんなこんなで「置いとくと人が集まる・女子が来る」ってことになり、俺は何でか「T大の座敷童子」なんて呼ばれるようになったんだ。「コンパのお守り」なんて言われたこともある。安全な飲み会になる、という意味で。
別に、いつも周りからちやほやされてたわけじゃない。普段の学生生活はごく普通だった。コンパ、飲み会の時だけだった、重宝されるのは。縁起担ぎみたいなもん? だから俺が辞めたからって会社の業績が落ちるなんてことは無い。
田中のやつ、慰めてくれたんだな。
そう思い、くすっと笑った。相変わらず、不器用なやつだ。営業トークは上手いんだけどなぁ……。
「お前だってこれから客先だろ、か……」
今日の俺はスーツ姿だから、田中は俺がまた会社勤めしてると思ったんだろうな。リストラ後、結局どこにも就職出来なかったなんて知ったら、またあんな顔──どうやって慰めたらいいのかどうしようどうしたら、みたいな顔になるに違いない。辛そうな、腫れ物に触るような、痛ましいものを見るような──
元妻にも、あんな顔をさせてしまった。
結婚する時、「贅沢はさせられないかもしれないけど、平凡で穏やかな暮らしは約束出来ると思う」って言ったのにな。
下を向いて溜息をつく。俺は、出来ないことを出来ると言ってしまったんだ。
また詮無い思いに沈んでいると、後の窓にパラパラと雨の当たる音が聞こえた。風が強いな、そう思ってふり返る。
「あ、お天気雨……」
灰色の雲の隙間から薄く陽が差し、風に乱れる雨を銀色に染めている。それを見た瞬間、思い出した。
──お前、自分の言ったことに囚われ過ぎ。お前の悪いところだよ。誠実なのはいいけどさ、出来ないことを出来るって言ったからって、騙したとイコールじゃないだろ。ほら、天気予報だって晴れって言いながら雨だったりするじゃないか。雨のち曇りのち晴れでもいいだろ、ケ・セラ・セラだ!
昔、仕事で失敗した時に田中が言ってくれた言葉。
そうだな、田中。人間、なるようにしかならないよな。そうして、なるようになっていく、照ったり、降ったり、曇ったり、天気が移り変わっていくみたいに。
人生、いろいろ。
窓の外ではまた雲が分厚くなり、雨も灰色になった。だけど、明日にはきっと晴れるんだろう。ああ、今日この電車に乗って、田中に会えて良かった。あの頃の胸の痞えが、少し取れたような気がする。
「真久部さんに感謝、かな……」
今日の仕事は、古道具屋慈恩堂店主、真久部さんから依頼された物品配達だ。修復した絵を客先まで持って行き、直接手渡すことになっている。こんな書類カバンに入るような大きさだけど、実は結構な価値があるらしい。俺には分からないけど。
人生いろいろ。仕事もいろいろ。
朝から殺伐とした満員電車に乗らなくてもよくなったってだけでも、良かったってことにしておこう。
窓の向こうのパラパラ雨が、電車を降りる頃には治まってくれるようにと俺は祈った。
しばらくこちらには投稿できないかもしれません。
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