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2016年4月13日の<俺>  お天気雨 前編

「寒い日」とは雰囲気が全然違います。

<俺>が会社員だった頃の同僚と、電車で偶然の出会い。

窓の向こうは、曇り、時々ぱらぱら雨。


吊り革を持ちながら、ぼーっとする。歩いたり自転車乗ったりは、自分で足を動かすぶん周囲に対する注意が必要なんである程度気を張ってるけど、電車はただ乗ってるだけで寝てても移動出来るから、ぼんやりし放題だ。


満員電車に乗ってた頃は、そんなこと思いもしなかったけど。


乗り慣れない路線だから、行き過ぎる風景がちょっとだけ珍しい。線路を向くうらぶれたビルの裏側や、奇抜な看板。合間にちらりと見える道路、そこを走る車たち、街路樹。たまに隙間程度に視界が開けてると思えば、駐車場だったりする。


どこも似たような風景。でも、ちょっとずつ違う風景。


そんなふうに普段とは違う風景をぼーっと眺めていると、いきなり声を掛けられた。


「なあ、──じゃないか?」

「え? 田中?」


それは、前の会社の元同僚だった。


「やっぱり、お前だったか! いやー、久しぶり。元気そうで良かったよ」

「久しぶり。田中も元気そう……っていうより、太ったなぁ」


昔はそれこそ鶏ガラのように痩せてたのに。そう言うと、田中は嫁さんのメシが美味くてさ、と笑う。


「結婚したのか!」

「うん、もう二年になるかな」

「おめでとう」

「……サンキュー」


照れくさそうな顔。酒を飲むたび、「俺は結婚なんてしたくないんだ!」と言ってたヤツなので、そういう縁があって良かったなと思う。


「まあ、なんかさ。あれよあれよという間に、バタバタっと決まってさ。ははは……って、そっちこそ、嫁さん元気か? 子供も大きくなっただろ、女の子だったっけ?」


「ん……いろいろあって、離婚した」


俺の答えに、田中の顔から笑顔が消えた、え? あ? そか。なんて口の中で呟きつつ、眼が言葉を探すようにきょろきょろする。


「そんな顔するなよ」

「いや、なんかごめん」


しゅん、とする田中の顔が、取引先で失敗したと暗くなっていた時と同じで、俺は思わず苦笑してしまった。


「謝られた方が、何だかなー」

「ごめ、あ……」

「お前は、今幸せでいいんだよ。俺のことなんか気にしなくていいんだ」


人生いろいろ、ってね。俺は笑ってみせた。田中はぎこちなく頷いた。


「そうだ、な……」

「そうだよ」


「うん……。あ、そうだ、あれ、あいつ。お前を営業から事務に回して、使えない呼ばわりした福西課長! あいつ、会社辞めたよ。川合係長も」


「……」


入社後、新人研修の後、俺は営業部に配属された。それなりに上手くやれてたと思う。なのに、ある日突然営業事務に異動させられ、新しい仕事に慣れる前にリストラ勧告されたのだ。


勧告してきたのは、課長補佐から昇進した福西課長と、川合係長。


「あいつら、お前のこと目の敵にしてたよな。俺も抗議してみたんだけど、柳に風でさ……。他の皆も気にしてたんだけど、あの頃、俺らのチーム、大きなプロジェクトにかかってただろ。気づいたらお前、もう……。悪かったな……」


「田中のせいじゃないさ」


そう、こいつのせいじゃない。誰が悪いわけでもない。俺がもっと切り替え早く新しい仕事に慣れてれば──ああ、あの頃、よくこんなふうに考えたっけ……。


「ああ、もう! そんな顔するなよ、ってさっきの言葉、俺が返すよ。お前だって何も悪くなかったんだから。悪いのはあいつらさ。お前の担当してた取引先を横取りするまでは上手く行ったんだろうが、その後が上手くなかった。お前のようには注文取れなかったんだ。そのうち、実際の取り引きと金の流れが合わないのがバレてさ。どうやらよそに商品の横流ししてたらしいんだよ」


そんなことしてたのか、あの人たち。

俺の心の声が聞こえたのか、試作品とか情報とかも流してたらしいぞ、と田中は続けた。


「それって……業務上背任ってやつ……?」


「そうだよ。おまけに、川合係長なんかだいぶ前から小口現金ちょろまかしてたらしくてさ。長年やってたから、かなりの額になってたらしい。それを全部、辞めたお前のせいにしてたんだぞ」


俺は信じてなかったけどな、と田中は鼻息荒く付け加える。


「……」


「お前さ、飛び込み営業やらされても、わりと新規契約取れた方だったろ。やり手ってわけじゃないけど、取引先には可愛がられてた。営業にはいい資質だよな。福西のヤツ、それが気に入らなかったらしいんだ。だからお前を目の敵にして、嫌がらせして……そうだよ、お前、次の仕事見つけるの、苦労したんじゃないのか? アイツ、同業他社にお前のこと、だいぶ悪く言いふらしてたらしいんだよ」


俺は言葉も出なかった。


リストラされてから、何度も何度もハローワークに行った。何度も何度も履歴書を書いた。そして、何度も何度も不採用通知を食らった。面接さえめったにされなかった。妙な嫌味を言われたりもした。


前の上司に、嫌がらせされてたなんて。

ポイントが12も増えて、本日のジャンル別日間で28位でした。

入れてくださった方、ありがとうございます。前からの方もありがとうございます。

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、<俺>はどこでも変わらない。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』<俺>の平和な日常。長短いろいろ。
『古美術雑貨取扱店 慈恩堂奇譚』古道具屋、慈恩堂がらみの、ちょっと不思議なお話。
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