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2008年1月18日の<俺>  一年で一番 寒い 日 13

今日もちょっと短いです。

いや、そういえば。いつか繋げられるようになるかもしれないよ、なんてこと<風見鶏>は言ってたな。けど、その時も笑ってたから、あいつは俺をからかってたんだろう──。悪趣味な奴め、と声しか知らない相手を心の中で詰っていると、軽くドアを叩く音がした。


「芙蓉?」


葵が顔を出す。


「お客さんたちが、さっきの<マレーネ・ディートリッヒ>は誰だって騒いでるよ」


俺がそっちに気を取られたのは一瞬のことだ。それなのに。


「分かったわ」


そう言った時の芙蓉は、もう礼装の男には見えなくなっていた。立ち上がる姿もしなやかに美しい、男装の麗人がそこにいる。


「あ、そうそう。厨房に言って、この人に何か軽く摘めるものを用意してあげてくれる? 他のスタッフにはあまり見せたくないのよ。今日はごめんなさいね、忙しくさせてるわ」


「いいんだよ。俺だってたまには兄貴の役に立たなきゃ」


葵が悪戯っぽくそんなふうに言うのへ、芙蓉はふふっと楽しげに笑みをこぼしながら部屋を出ていった。


「今日の芙蓉はご機嫌だ。今までに見たことがないくらい楽しそうだよ」


そんな葵もうれしそうだ。こいつらも兄弟仲いいよな。十代の後半を、不本意な形で離れて暮らしていたからよけいかもしれない。特に葵は、兄の芙蓉は何かの事件に巻き込まれた挙句、行方不明になってると思ってたんだし。


「・・・そういえば、夏樹くんは?」


ふと思い出し、俺は訊ねた。夏樹くんは芙蓉の子で、夏子さんの忘れ形見だ。俺の娘のののかと同い年なんだよな。


「ああ。いつもなら夜は俺が一緒にいるんだけどね。一晩くらいなら夏樹も留守番出来るようになったから」


お気に入りのぬいぐるみ、<はんぺん>もいるしね。と葵はくすりと笑う。はんぺんは白い犬のぬいぐるみで、夏樹くんが抱いて寝るほど気に入ってるのを俺も知ってる。


「後でちょっと様子を見に戻るつもりなんだ。やっぱり心配だし。今夜も店が終わったら、後片付けは免除してもらってすぐ帰るつもり。芙蓉はここの支配人でオーナーだから、閉店後もいろいろしなくちゃいけないこともあるしね」


そこまで言ってから、葵は俺をしげしげと見、ぶっと噴き出した。


「な、何なんだよ!」


「いや・・・今のあなたの姿を見たら、夏樹がまたママって呼ぶだろうな、と思って・・・」


「・・・」


俺はぶすっと黙り込んだ。そういえば前に変装した時、あの子は俺をそう呼んだっけ。父親の芙蓉のことは、男装だろうが女装だろうがちゃんと「パパ」って呼ぶのに、女装の俺には「ママ」って呼ぶんだ・・・何でだ。って、母親のことは、背が高かったくらいしか覚えてないらしいから、女装とか男装とかの微妙な雰囲気が、夏樹くんにとって母親の記憶を刺激するキーになるのかな、と俺は理解してる。


そう、夏樹くんのことは理解して許してる。だけど葵、てめーはダメだ。


「今度笑ったら、俺、この酒飲んでやる・・・」


サイドボードに置いてあった高そうな酒瓶を、俺は抱えてみせた。


「え?」


「葵は知ってるよな? 酔っ払った俺がどうなるか」


ニヤリ、と笑ってやる。

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、<俺>はどこでも変わらない。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』<俺>の平和な日常。長短いろいろ。
『古美術雑貨取扱店 慈恩堂奇譚』古道具屋、慈恩堂がらみの、ちょっと不思議なお話。
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