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2008年1月18日の<俺>  一年で一番 寒い 日 8

ちょっと短いです。

芙蓉は完璧女に見えるかもしれないけど、俺が同じように女装したって絶対ニューハーフにしか見えないよ、と葵は苦笑した。


「それは当然よ」


芙蓉はあっさりと肯定した。


「だって、年季が違うもの。それに、夏子を落とすためにあたしは必死で自分に磨きをかけたわ。すっごく努力したのよ。夏子なら、あたしたちがどんなにお互いの真似をしても、絶対見分けたはずよ」


綺麗にメイクした顔に、ちらりと不敵な笑みを浮かべる芙蓉。その目は完全にハンターのものだった。狙った獲物は、絶対に逃さない──。言葉にはしないが、はっきりとそう聞こえる。・・・こいつってやっぱり「男」だよな。まだ十六、七のガキだったくせに、どうやって十歳以上年上の大人の女を手に入れたんだか・・・


まあ、それだけ惚れてたんだろうけどさ。それにしても、弱冠二十三歳の芙蓉の息子と俺の娘が同い年っていうのが、何か複雑な気分だ。


「それなら、もし弟が俺と同じ格好をしても、“同じ”にはならないんじゃないのか?」


俺はしごくまっとうな質問をした。


「必要なのは、インパクトなの」


芙蓉は言う。


「あなたの女装にはそれがあるわ。彼にもあなたと同じものがある。マレーネ・ディートリッヒという、退廃的で謎めいた美貌の女優に通じる、強いインパクトがね」


「た、退廃・・・美貌・・・?」


何だ、その実際の俺たち兄弟から掛け離れた表現は。俺も弟も、いわゆるフツメンだ。不細工と言われたこともハンサムと言われたこともない。その上、退廃的だって? 健康的と評されたことはあっても、そんなふうに形容されたことなんて無いぞ。


元妻や智晴が聞いたら、腹を抱えて笑いそうだ。なんだか、げんなりとしてきた。


「あのねぇ」


がっくりと肩を落とす俺に、芙蓉は苦笑いを浮かべている。


「だから、<インパクト>って言ってるでしょ? 一瞬のことなのよ」


「ど、どういうこと?」


意味がよく分からなくて首をかしげていると、横から葵が解説してくれた。


「芙蓉の言うのは、第一印象ってことだと思うよ。いわゆる、『パッと見』ね。あなたの場合、女装して化粧をすると、見る人にものすごく強い印象を与えるんだってこと。まさに──」


「ファム・ファタル。運命の女。そして、幻の女」


葵の言葉に続けて、歌うように芙蓉が呟いた。それから、また悔しそうに身をよじる。


「もうっ! 本当に夏子に見せたかったわ、このあたしの力作を! 黙って座ってれば完璧よ。女装慣れしてないこの硬い雰囲気がいいの。それは絶対あなたの弟さんも同じだったはずだから・・・ ああもう、あの頃気づかなかったあたしの馬鹿!」


・・・もしもし、芙蓉さん? コケティッシュな美女が台無しですよ?


「過ぎたことは、しょうがないわよね」


俺と葵を置き去りにしてひとり興奮していた芙蓉が、急にクールダウンした。


「だって、夏子は絶対にあたしと夏樹を見守っていてくれるもの。今だって、きっとどこかで見ていてくれるに違いないわ」


・・・アダプタを譲ってもらうための、これ(女装)が条件だとは分かってるけど、嫌がってるオッサン相手にアイペンシルの色を並べて迷ってる、女装した夫を見守ってて楽しいのかなぁ・・・? 楽しいんだろうな。同類だもんな。


芙蓉の語る在りし日の夏子さんの話を聞いてたら、むしろ嬉々として参戦してきそう・・・。そう思ったら、ぶるっと背筋が寒くなった。

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、<俺>はどこでも変わらない。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』<俺>の平和な日常。長短いろいろ。
『古美術雑貨取扱店 慈恩堂奇譚』古道具屋、慈恩堂がらみの、ちょっと不思議なお話。
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