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2008年1月18日の<俺>  一年で一番 寒い 日 7

「この人の弟さんのことだろう?」


葵が言う。芙蓉は頷いた。


「ええ、そうよ。あの頃、どうして気づかなかったのかしら!」


ああ、あたしの馬鹿! と嘆く芙蓉は、地団駄を踏んでいる。

あの・・・? 話が見えないんですが?


当惑している俺に、葵が説明してくれた。


「だって、亡くなったあなたの弟さん、当然だけどあなたと同じ顔だったでしょ?」


へ?


「そりゃ・・・俺たちも君たちと同じ一卵性の双子だったからなぁ」


同じ顔だよ。当然だろ?


「だから! 夏子が元気だった時にあなたとは会ったことがなかったけど、弟さんは度々この店に来ていたわけよ」


「あ、ああ。例のドラッグ、<ヘカテ>の捜査のためだったんだろう?」


そして、弟はそのドラッグを扱う組織に殺されたんだ。


・・・思い出すと今でも辛いけど、でも。死んだはずの弟は「情報」として自分を残していてくれた。もう二度と会えないと思っていたあいつと、俺は話すことが出来たんだ。だから、いいんだ。


深く息を吸っては吐き、俺は呼吸を整えた。いかんいかん。自分のことで俺が暗くなるのを、弟は決して喜ばない。えーと、何の話をしてたんだっけ? 俺は何だかやたらに興奮している芙蓉の顔をぼーっと眺めた。


「ううん、もう。ニブいわね」


「え、何が?」


俺の返事を聞いた芙蓉は、もどかしそうに身を捩った。うーん、こういう仕草もきっちり女性バージョン(?)。さすがだ、芙蓉。ん? 葵は何で俺の顔を見て溜息をついてるんだろう?


「・・・どうやらはっきり言わないと分からないみたいだよ、彼」


「そのようね・・・ 本当に、顔は同じでも性格が全然違うわ。あたしが言うのも変だけど」


おいおい、また双子の神秘か? こいつら、時々マジでテレパシーで通じ合ってるんじゃないかと思うよまったく。


「だから、何のことだ? 頼むから、二人だけで完結するのはやめてくれよ」


意味分からん。


「だーかーらー」


うん。だから、何だ? 


「あなたと同じ顔の弟さんなら、きっと今のあなたと同じ雰囲気の女に変身出来たはずだっていう話よ」


もう、どうしてここまで言わないと分からないかな~、と芙蓉は嘆いている。


って、嘆くなよ!


「ひ、他人の弟でそんな想像するな!」


思わず立ち上がり、叫んだ、つもりだが、あまりのことに声がひっくり返り、全然迫力がない。いや、元々俺には迫力なんてもんないけどもさ。それでも、芙蓉の頭の中だけのこととはいえ、大切な弟がこんな格好させられているなんて我慢出来ない。


「今すぐそんな妄想を引っ込めろ。俺の弟は、絶対こんな妙ちくりんな格好なんてしないんだからな!」


ぜいぜい。あー、興奮のあまりか、息が上がる。


「だって、何度も言うようだけど全く同じ顔なのよ、あなたと。想像するなって方が無理があると思うわ」


しれっと言ってのける芙蓉。その隣では葵がうんうんと頷いている。って、おいコラ葵。お前、俺の弟とは会ったことないはずだろ。そのあたりを突っ込むと、「うーん、俺たちだって同じ顔だしねぇ」と答えやがった。


遺伝的には全く同じとはいえ、一卵性双生児といえども別個の人間だろ? もっと個性を主張しろよ。映画『シャイニング』に出てきた双子の女の子の霊みたいなのは嫌じゃないのか? 怖いじゃないか。


怖いといえば、ジェレミー・アイアンズが一人二役を演じたあの映画も怖かったよな・・・


俺はぶるぶると頭を振って、アイアンズの赤い手術着を頭の中から追い払った。ああいう映画は、精神衛生上よろしくないな、まったく。


「あのな。同じ顔だからって、同じものが似合うとは限らないの。君らだって、互いに意識して合わせようとしている時以外は、全然違うじゃないか」


俺は断固として主張した。


「でも、似合わなくはないでしょ? 体型だって同じなんだから」


芙蓉が言う。が、ここで初めて葵が異を唱えた。


「確かに、男物の普通の服は俺たちのどちらが着ても同じだと思うよ。俺に似合うものは、芙蓉にも似合う。逆も同じ。ちょっとくらい雰囲気が違っても、許容範囲だと思うし。ただ、女物の服はね・・・」


そこで言葉を切り、お手上げ、という仕草をしてみせる。

いいぞ、葵! もっと言ってくれ!


「女装は難しいよ、芙蓉。女物の服を着て、メイクをすればそれで事足りるってものじゃないだろ」

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、<俺>はどこでも変わらない。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』<俺>の平和な日常。長短いろいろ。
『古美術雑貨取扱店 慈恩堂奇譚』古道具屋、慈恩堂がらみの、ちょっと不思議なお話。
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