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2008年1月18日の<俺>  一年で一番 寒い 日 4

「いや、その、だな・・・」


何か言おうとするのに、やっぱり言葉の出ない俺。葵は堪えきれないように喉の奥で笑ってる。


それから。


「ふーん。まあ、いいことにしようか。俺はセカンドオピニオンということで」


わざとらし~くそう言ったかと思うと。

またもや。まるで温泉卵のように(?)にぃ~っこり。してみせた。


ああ、何て胡散臭い笑顔なんだ、葵よ。きみが縁切った父ちゃんの、あの筋金入りの強烈な笑い仮面には到底及ばないな! 


・・・なんて逃避してもしょうがないか。


うう、やっぱり一番に智晴に助けを求めたことはバレてるんだな。だってしょうがないじゃないか。パソコンなんて謎の箱だし。・・・元の設定をやったのは元妻だし、今の住所に移ってからの設定をやったのは智晴だ。


ああ、俺って・・・


いいんだよ! ソフトは使えるんだから。

心の中で吠えつつ、ニヤニヤと楽しそうに笑っている葵を睨み・・・つけたりはしない。社会人だし。


「で、そのパソコン、どこのメーカーの何ていう機種なの?」


ぽん、と至極まっとうな事をを聞かれ、俺は鬱々とした物思いから覚めた(大袈裟だな)。


「あー、どこのメーカーっていうか、これ」


俺はエコバッグを開き、中のノートパソコンとアダプタを葵に見せた。


「あ、これ? かなり前のじゃない。このOSのサポート、もう終わったはずだけど」


俺には意味不明なことを呟く葵。

終わってる? 終わってるのか、それ? 電気屋の兄さんたちにも古いって言われたけど・・・ やっぱり、買い換えるしかないのか?


ふ、懐が・・・

ちょっと泣きたい気分になった時、葵は意外なことを言った。


「うーん、だけどさ、これと同じタイプのノートパソコン、芙蓉が持ってたよ、確か」


「え、そうなのか?」


葵は頷く。


「夏子さんのものらしいんだ」


夏子さん、というのは、芙蓉の亡くなった妻の名前だ。衣装倒錯という性癖のせいで父親に捨てられ、行き場のなくなった芙蓉を保護し、慈しんでくれた、暖かい女性。その彼女も実は衣装倒錯者で、見た目はフェロモン全開の美丈夫だったらしい。俺も見せてもらったが、女装の芙蓉と並んだ写真は、美男美女というか、美女美男というか。


ふたりの間に生まれた夏樹くんも、ちょっとその辺にいないくらいかわいい子だ。いや、俺にはののかの方がかわいいけどな。それより、今年二十二か二十三歳の芙蓉の息子と、今年・・・歳の俺の娘が同い年でこの春から小学一年生っていうのが・・・何だか不思議な感じだ。


年の差はあっても、彼らは似合いの夫婦だったという。夏子さんが病気で亡くならなければ、夏樹くんの入学式にはきっと二人で行っただろう。芙蓉は女装して、夏子さんは男装して。・・・芙蓉、彼女に見せたかっただろうな。息子の晴れ姿。


「・・・そうか。大切に使ってるんだろうな」


俺の言葉に葵は頷いてみせたが、残念そうに付け加えた。


「そうなんだけど、壊れたんだ。だから今は新しいのを使ってる。捨ててはいないけどね。あの時の芙蓉、かなり落ち込んでた」


「もう直せないのか?」


「うん。ダメらしい。詳しい人にも見てもらったんだけど・・・ データは元々ハードディスク以外にも保存する習慣だったから、そっちの方は大丈夫なんだけどね」


「そっか」


俺はそれ以上何も言えなかった。形見の品物が壊れたら、そりゃ落ち込むだろう。同じ型でも、俺のパソコンとは意味が違う。中の設定をしてくれた元妻は生きてるし、会おうと思えばいつでも会える。


「あなたのは、アダプタがダメになっただけなんだよね?」


しばしの沈黙の後、葵が訊ねてきた。俺は頷く。


「うん。本体は無事なんだよ。それなのに、もう使えないなんてさ。だけど、規格の合わないアダプタを使ったら発熱とか発火とか言われたら、もう諦めるしかないよな・・・」


はあ。溜息が出る。芙蓉ほどじゃなくても、俺は俺で深刻なんだよなぁ。

そうだ。新しいの買うなら、カタログもらってくりゃ良かった。あー、ボケてるよ、俺。


そんなことを考えていると、葵が携帯で誰かと話しだした。俺ももう帰ろう。仕事だ、仕事。


「あ、ちょっと待って」


手を振って帰りかけた俺を、葵が呼び止めた。


「今、芙蓉に聞いてみたんだけど」


ん? 何を?


立ち止まって振り返った俺に、葵はありがたい報せをくれた。


「アダプタ、あなたにあげてもいいって」

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、<俺>はどこでも変わらない。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』<俺>の平和な日常。長短いろいろ。
『古美術雑貨取扱店 慈恩堂奇譚』古道具屋、慈恩堂がらみの、ちょっと不思議なお話。
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