2008年9月25日の<俺> 携帯電話の恐怖 3
野本君も俺と同じように道の方に視線をさまよわせていたが、彼もやはり不審なものは見つけられなかったんだろう、また手元を見、考え込みながら言葉を続ける。
「うーん、怪しい人影みたいなのは、見たことないと思う・・・つけられたり、とかも・・・無い、と思います。多分」
僕、そんなに視線とかに敏感ってわけじゃないんで、分からないですけどね、と野本君は力なく笑った。
「電話だけなのかい、おかしなのって?」
俺の問いに、野本君は無言で首を振った。
「一時、物凄い数のスパムメールが来ました。一日五十件以上とか、何事だよって感じで、あれも怖かったです・・・」
「そ、それは今も?」
「いえ。メールはもう、アドレス登録制にしたんです。禁止ワードとかしてもあまり意味なかったんで。今はだから、友人知人からしかメールは来ませんけど、シュウカツ用に買ったのに、これじゃあ就職活動に使えませんよね」
最近は、面接先の会社からメールで連絡が来ることも多いという。うーん、俺の時代とは全然違うなぁ。
「・・・じゃあさ、就活用のメールはどうしてるの? よく分からないけど、会社の求人情報とか、資料請求とか、携帯でそういうの受けられなかったら、困るだろ?」
「大学のPCアドレスで受けて、携帯に転送する設定にしてあるんで、その辺は、まあ、何とかなってる、かな。だけど、そっちにもスパムが来るんで、それはそれでやっぱり困ります」
うーん。俺のパソコンにもつまらんスパムがいっぱい来るもんな。フィルター掛けてるけど、すり抜けたやつが受信箱に入ってることもしばしば。反対に、顧客からのメールがゴミ箱に振り分けられてることもあるんで、削除する前には必ず差出人と件名を確認することにしてる。
「それってさ、契約してる携帯会社に相談してみたら?」
「しましたよ、とっくの昔に。だけど、暖簾に腕押しというか、柳に風というか、・・・とにかく埒が明かないんです」
何だそりゃ。契約だけさせといて、アフターサービスは無しかよ。
「もう別のとこに変えたら? 顧客を大事にしない会社なんて、携帯会社にかぎらず、ロクなもんじゃないよ」
「変えたいです。ホント、マジ、カンベンっていうか。でもね~、途中解約すると、お金が掛かるんですよ」
野本君は溜息をついた。
「・・・だけど、無理してでも解約するべきかな。実は昨日、もっと気持ち悪い電話が掛かってきたんです」
え? 今までの話でも十分気持ち悪いのに、さらに気持ち悪いのがあるっていうのか?
「ど、どんな電話だったの? ぱんつ何色とか、そういうのじゃないよな?」
「そういう普通のイタズラ電話ならまだ良かったです・・・」
普通、なのか? いいのか、野本君!
これまでのことで何かがマヒしてないか?
俺の危惧をよそに、野本君は続ける。
「今朝のことなんだけど・・・また、『オダさんですよね?』って掛かってきたんですよ。僕も、ああまたいつものアレか、と思ったんだけど、今回はちょっと様子が違って──」
その電話に、野本君は「違います!」と答えたらしい。「人違いです。何のリストを見て掛けてくるのか知りませんけど、僕はオダなんて苗字じゃないんで、いい加減、そのリストからこの番号、削除してください!」と、今まで溜まっていた鬱憤もあり、かなり強気に出たらしい。
「そしたらね、そいつ、男の声だったんだけど、『その携帯、正規で買ったものですか?』って聞いてくるんですよ。正直、僕、何言ってんだ、と思いましたよ。だってね、真面目に大学行って、真面目に就職活動してる、日本国籍を持った日本人が、なんでトバシなんて買うんですか!」
僕は犯罪者じゃない!
思い出すと腹が立ってきたのか、野本君は両手の拳を握り締めた。
彼が何か的外れで失礼なことを言われたらしい、というのは分かる。分かるけど・・・トバシって、何だ?
「トバシっていうのは、つまり、違法な携帯電話のことです」
鳥羽市、じゃないのか、とボケたことを頭のどこかで考えながら、野本君の説明を聞く。
「変な電話」、名前以外はほぼ実話です…。
ATMの前に立った途端に…、というのは、本当に気持ち悪いし怖かったです。




