表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
229/308

2008年7月7日の<俺>  熱中症は恐ろしい 6

「そんな、謙遜しなくても」


「いや。一ミリたりとも謙遜してない。そもそも、謙遜出来るだけの実力が無い」


「そうなんですか?」


納得出来かねる様子の智晴に、俺は大きく頷いてみせた。


「そう。初心者に毛の生えた程度だよ。中級というにもおこがましいくらいだ」


「それじゃあ、どうして・・・」


あの人はそんなに対戦したがるんですか、と智晴は不思議そうだ。


「俺は弱い。本当に弱いんだよ。でもな、たま~に、本当にごくたま~に、勝つことがあるんだ。いつも、何で勝ったのか良く分からないんだけど」


そうなんだよなぁ。何でか分からないんだけど、気がついたら勝ってることがある。「ああ、これは僕の負けだね」と言われて、びっくりするくらい。あいつはそんな俺を見て、いつも面白そうに笑うんだ。「君は本当に飽きないね」と。


「あいつの言葉を借りると、俺の碁は、ユニーク、らしい。予想もつかない手を打ってくる、それが面白いって言うんだけど・・・」


俺、いつも真面目に打ってるのに。どこが面白いんだ、あの<ひまわり荘の変人>め。あんたの方が面白いわい。


「・・・無駄に長引かせるんだよな、いっつも」


はあ。思い出すと溜息が出る。


「あの人が?」


うん、と俺は頷き、ずずっとみかんジュースを啜った。


「うっかり自分の石を置いてみてから、あ、次の手で負ける、って気づく時があるだろ? オセロに例えれば、忘れてた隅を取られて速攻ジ・エンド、みたいな。そういう時、あからさまに明後日なとこに石を置くんだよ、あいつは」


「それは、やっぱりわざと?」

「わざとだよ。いくら俺がヘボでも、それくらいのことは分かるさ」


俺が気づくくらいの手だ。あいつが見逃すわけがない。


「なんかこう、遊んでるみたいなんだよな。あ、別に、弱い俺を嬲って喜んでるっていうんじゃないぞ? そんなんじゃないんだ。うーん・・・そうだなぁ、数学の問題で愉しんでるっていうか、数と戯れてるっていうか──」


どうも上手く説明出来ないけど、そんな感じなんだよなぁ。


「そういう時のあいつって、すっごく楽しそうなんだよ。あんまり表情の変わらないやつなんだけど、目がきらきらしちゃってるっていうかさ」


「へぇ・・・」


智晴は興味深そうだ。


「いつだったか、あいつの知り合いって人と一局やったことあるけど、その人に、あなたの碁は予測がつかなくて面白いって言われたな」


そういえば、その知り合いってのがテレビに出てるの、見たことあるような気がするんだよな。高そうな着物なんか着てたから、うっかり気づかなかったけど。だって、俺と一局やった時はTシャツにジーンズだったし。


あれは、対局(というのも、俺からするとおこがましいが)からひと月くらいしてからだっけか。


風呂上り、至福のビールをちびちびやりつつぼーっとザッピングしてる時、一瞬画面に映った姿がふと記憶に引っかかったんだっけ。で、チャンネルを戻したら、ちょうど番組は終了。


結局内容は分からんかった。まあ、顔の広い<ひまわり荘の変人>のことだ、芸能人の知り合いがいたって不思議じゃないと思う。


──って、何気なく智晴に語ったら。


呆れたような、おかしいような、半笑いみたいになって行くのはなんでだろう。


「僕も是非一度、義兄さんと一戦やってみたくなってきましたよ」


そう言って、目を細める。

おい、何でそんなに楽しそうなんだよ?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、<俺>はどこでも変わらない。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』<俺>の平和な日常。長短いろいろ。
『古美術雑貨取扱店 慈恩堂奇譚』古道具屋、慈恩堂がらみの、ちょっと不思議なお話。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ