2008年7月7日の<俺> 熱中症は恐ろしい 1
整理整頓のため、引き続き『何でも屋の<俺>の四季』からこちらに移します。元のタイトルは
「ある日の<俺> 7月7日。 <俺>と熱中症」です。全く同じ話なので、既読の方はスルーしてください。
あれ?
ぼんやりと目を開けると、周囲がやたらに白かった。
んー? ののかのくれたキティちゃんのタオルケットはピンクだったはずだけど・・・
「・・・ここはどこ? ワタシはダレ?」
なぁんてな。
「頭大丈夫ですか、義兄さん?」
げっ! 智晴! 誰もいないと思ったから、ちょっと独りボケツッコミかまして心を落ち着けようとしてみただけなのに。
「いや、その、出来心で・・・」
智晴の座っている椅子が軋んだ。え? いつからそこに?
「どんな出来心ですか。どうやら、熱中症で脳味噌までやられてしまったみたいですね」
へ?
熱中症?
「もう、いい大人が。気をつけてくださいよ、本当に」
智晴はぶつぶつ怒っている。けど、俺の頭の中は、はてなマークだらけだ。俺は何で寝てるんだろう? いや、そもそもここはどこなんだよ?
「・・・まだそれを言いますか?」
言葉に出ていたらしい。いや、「ワタシは誰?」は言ってないから。そんな怖い目で見ないでください、智晴さん。
「ごめんてば。もうふざけてないって」
口をヘの字にして、じとっと俺を見つめる元義弟。もう! 疑り深いなぁ。
「だってさ。俺、確か伝さんを迎えに吉井さんちまで行って、えっと、それから・・・」
そう。今朝はグレートデンの伝さんの散歩の依頼が入ってた。昨夜も暑くて眠れなくて、だからって布団にしがみついててもやっぱり暑いだけだし、思い切りよく起きて屋上のプランター菜園に水を撒いたんだ。
それだけで汗だくになったから着替えて、洗濯をして、冷たい牛乳を一杯飲んで、朝っぱらから太陽ぎんぎんの青空を恨めしく思いながら出かけたんだった。
汗を拭き拭き吉井さんちに到着。直接裏庭の方に行ったら、ご主人が伝さんに水をやっているところだった。んで、ちょこっと立ち話して、さあ公園コースに行こうかと伝さんのリードを持って歩き出して・・・
あれ? その後どうしたんだっけ?
伝さんが、暑そうに大きな桃色の舌を出してたのは覚えてるんだけど・・・
「その吉井さんの前で倒れたんですよ、義兄さんは」
倒れた・・・って、俺?
「えー、嘘だよ。そんなバカな」
俺はつい叫んでしまった。
たまに風邪で熱を出す以外は、大した病気もしたことないのに。第一、俺、何も覚えてないし。
「大声出さないでください、病人のくせに。言うに事欠いて嘘とは何ですか。覚えてないって、当然でしょう? ついさっきまで意識を失ってたんだから。エアコン、ついに壊れたんですって? 吉井さんに聞きましたよ。ずっと暑くて眠れなかったんですってね。このところずっと外気温が真夏並みだったんだから、さぞかしあのコンクリートビルは良いオーブンになったでしょうよ」
・・・うう、智晴、いつもの三倍くらいキツイよ。
確かに、吉井さんとの立ち話では、グリルの中の魚の気分が分かりましたよ~、なんて言って笑いを取ってたけどさ。冗談のつもりだったのに・・・
「全然! 全く! 冗談になってませんでしたね。身体を張って笑いを取るのはドリフだけでいいんですよ」
あ、看護師さん、さっき意識戻りました、と智晴はカーテンの向こうから現れた白衣の天使に別人のような笑顔を向けた。いつの間にナースコール押してたんだ。
脈測ったり血圧測ったり点滴の針の具合を見たりしつつ(何と! 俺は点滴までされていたらしい。目覚めた時点で気づけよ・・・)、看護師さんは笑顔で言った。
「もう大丈夫ですね。救急で運ばれて来た時は、体温がとても上がっていて、脱水症状も酷く、危険な状態だったんですよ」
「え! 俺、そんなに危なかったんですか?」
俺の上げた頓狂な声に、智晴がわざとらしく大きな溜息をついた。看護師さんは苦笑しながら頷いている。
「危なかったんです。子供だったら命を失っていたかもしれないレベルです。救急車が着くまでの最初の処置も良かったみたいですね」
あなたは運がいい。
そう言い残し、白衣の天使は去っていった。──男の天使だけど。後からまた担当ドクターが診に来てくれるそうだ。




