2016年4月1日の<俺> 四月馬鹿 2
「この前──先週の水曜日でしたっけ。駅前で義兄さんを見かけた時、正直僕は悩みましたよ、どっちだろうって。時間的に会社帰りの義兄さんだろうと当たりをつけて挨拶しましたけど、間違ってたらどうしようってちょっとドキドキしてました」
「ああ……あの時そんなこと考えてたのか。すごく自然に声掛けてきたから、智晴には俺たちの見分けが完全についてるんだと思ってたよ」
自信、無かったのか。智晴のポーカーフェースには隙が無いな。
俺が妙なことに感心していると、妻がうふふ、と笑った。
「あたしは一度も間違えたことが無いわよ」
「えー、本当に? 似たような服を着てたら、見ただけじゃ絶対分からないと思うけど」
不満そうな智晴に、弟がふと思い出したように語り出す。
「そういえば……兄さんとお義姉さんがまだつきあい始めの頃、非番の日に偶然コーヒーショップでお義姉さんに出会ったけど、顔を見ただけでお義姉さんは俺が兄さんじゃないことに気づいてたよ」
あの時はたまたま兄さんの服を借りてたから、絶対間違えられるって覚悟したんだけど、と弟は言う。今日初めてそんな話を聞いたけど、だとしたら妻は凄いな。──あ、愛の力なのかなー、なんちゃってね。
「二人はそりゃそっくりよ? だけどね、雰囲気が違うの」
自信たっぷりに妻は続ける。
「ふたりとも、丸いのは丸いの。丸い雰囲気なの。んー、丸っていうより、球体? その球体の重心が違ってて……あなたは前や後にころんころん転ぶの。起き上がり小法師みたい。見てて飽きないわ」
「お、起き上がり小法師……」
何だそれは。
初めて聞いた妻の俺に対するイメージに唖然としていると、今度は弟に対するイメージを語り出す。
「──さんの方は、一回くるん、と回って前に進むの。そのまま転がり続けるんじゃなくて、一回くるんと回ったら、前を見て、それからまたくるんと回るって進むの。安定してるのよ」
「く、くるん……」
弟も、己に対する義姉のイメージを聞いて、俺と同じように呆然としている。
すると、智晴が吹き出した。
「ふ、ふたりとも、全く同じような顔して姉さん見てる!」
ひくひくと肩を震わせながら、智晴は続ける。
「なんか、分かる。姉さんの言ってること。ぽわんとしたボールがぽわんぽわんと揺れてるのが義兄さんで、律儀に、ころ、ん。ころ、ん。ってしてるのが──」
指をさして笑われ、「ころ、ん。……」と呟く弟。俺は無意識に「ぽわん……」と口にしていた。
「……」
「……」
互いに顔を見交わす俺と弟。いつも鏡で見るのと同じ顔。ひと言呟いたまんまの、ちょっと開いた唇の両端が上がって行き──。
兄弟二人で吹き出した。それを見てさらに笑う智晴。何故か得意そうな妻。
「あたしは、見てて飽きないあなたが好きなの。前に転ぶか後ろか斜めか、うっかりしたら宙返りしそうなあなたを見てるのは楽しいし──心配なのよ、知らない間に川に落ちてたりしそうで。ねー、ののか」
大人たちの笑い声に、さらにきゃっきゃと手足を振り回しながら喜ぶののかを、抱き上げて妻はやさしい笑みを浮かべる。
ああ、俺の妻は綺麗だ。娘は可愛い。義弟はちょっと変わってるけど俺を「義兄さん」と立ててくれるし、弟は忙しい仕事をしているけど健康そうで、子供の頃と同じように俺と同じところで笑う。
幸せだなぁ。
しみじみそう思っていると、ひとしきり笑った弟が、持って来ていた紙袋から桜餅を取り出した。




