2015年4月9日の<俺> あきつしま 1
今日はグレートデンの伝さんを朝の散歩に連れて行き、飼い主の吉井さんちに送り届けた後、船平の爺さんに付き添って市民病院に来てる。
爺さんは持病のほかは元気なんだが、本人任せにしておくとまるっと忘れたふりして受診をさぼるので、遠方の娘さん夫婦から受診日には必ず病院まで連れて行ってくれるようにと頼まれているんだ。
爺さんが検査を受けているあいだ、待合室の椅子に座って自販機で買ったお茶を飲んでいると、顔見知りの中年男性と目が会ったので、会釈した。
「こんにちは」
「こんにちは。犬の散歩のとき、よくお会いする方ですよね。あの、どこか具合でも……?」
「いえいえ、俺は何でも屋でして、今日は付き添いです」
「何でも屋さんですか……。ああ、だから見るたび違う犬を散歩させてらっしゃるんですね」
犬の散歩以外にも、樋掃除や草むしり、買い物代行なんかもやってるんですよ、とおどけて宣伝してみたら、なんかウケたみたいで笑ってた。よし、掴みオッケー!
「今日はお見舞いか何かですか?」
会話の流れで訊ねてみると、男性は頷いた。
「高齢の祖母が入院してるんです。ここひと月くらいは意識が朦朧としているみたいで、たまに目を覚ますんですが、またすぐ眠ってしまって……」
ほう、と息をつく。そうだよな、病人の看護は長引けば長引くほど消耗してくるもんなぁ……。
「今日は珍しく意識を取り戻したかと思ったら、不思議なことを言うんです」
「不思議なこと?」
俺の問いに男性は頷く。
「祖母には年の離れた兄がいて、第二次大戦の折り南の島で玉砕したんだそうです。骨すらも戻って来なかったと、子供の頃聞いた覚えがあります。今朝の夢にその兄が出てきて、祖母に言ったんだそうです、とんぼに乗って帰ってくると」
今の季節、とんぼにはまだ早いですよねえ、と男性は小さく笑う。
「じゃあ、お盆に帰ってくる、っていうことなんじゃないでしょうか」
「お盆。そうですね。お盆か……」
呟いて、男性は重い息を吐いた。
「お盆までもつかどうか……」
どうやら、容態が思わしくないようだ。俺は何と言っていいかちょっと言葉に詰まった。そんな俺の様子に気づいたのか、男性は「すみません」と謝った。
「もう高齢だし、覚悟は出来てるんです。でも僕は末の孫で祖母には可愛がってもらったので、どうしても、もう少し、あともう少し、って思ってしまうんですよ……」
いい年してね、と照れたように言う男性に、俺は首を振った。
「年は関係ないですよ。誰だって、大切な人にはいつまでも元気でいてもらいたいと思うものです」
ドラッグに狂った異常者に殺された父と母。警察官だった双子の弟は麻薬組織を追い、そして彼らに殺された。俺の大切な、家族。どんな身体になっても、生きていて欲しかった、と今でも思う。
「──ありがとうございます」
小さく鼻をすすりながら、男性は言った。目尻に光るものには気づかないふりをして、そろそろ八重桜が見ごろになってきますよね、と待合室のテレビに映るニュースに目をやっていると、後ろから呼びかけられた。
「あー、何でも屋さん」
船平の爺さんだ。




