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その年の<俺>のお正月  はんぺんを探して 後編

整理整頓のため、「何でも屋の<俺>の四季」からこちらに移します。元のタイトルは「<俺>のその年のお正月 後編」です。全く同じ話なので、既読の方はスルーしてください。

「最後にはんぺんを見た、いや、はんぺんが居たのは、どこ?」


「おうち。リビングのカーペット。ぼく、お昼寝したの。おきたらいなくなってたの、はんぺん」


「いなくなったのは、今日なのかい?」


夏樹はまた言葉もなく頷いて、新しい涙をぽろっとこぼした。


「はんぺん、ぼくのこときらいになったのかな? だからどっか行っちゃったのかな」


「いや、嫌いになったりはしないと思うよ。あんなに仲良しだったじゃないか」


そう答えてやりながら、俺はこの子の父親に連絡を取らなければならないと考えていた。きっと物凄く心配しているだろう。


家のリビングから無くなった、もとい、居なくなったはんぺん。そのはんぺんを持ち出すことの出来る人間は限られる。犯人はお前だな、芙蓉。それとも葵か? ま、あいつらは同じ顔をしているが。


俺は携帯を取り出して、そこについているマスコットを振ってみせた。イギリスの有名なアニメキャラクターの犬だ。


「彼に聞いてみよう。彼はね、飼い主の発明家より頭がいいんだよ。ちょっと待っててね」


大きな目を丸くしてこちらを見ている夏樹に笑ってみせ、俺は登録してあるこの子の父親の番号を呼び出した。


「もしもし?」

『あ、そっちに夏樹、夏樹がお邪魔してないかしら?』


あちらにも俺の番号が登録してあるんだろう。夏樹の父親・芙蓉は焦った声でいきなり訊ねてきた。・・・この言葉遣いからすると、今日は女装しているんだろうな。


「夏樹くんからはんぺんの行方を探して欲しいと頼まれてね。今、目の前にいるんだけど」


『夏樹は無事?』

「無事だよ。凍えてたけど、今はほっぺも赤い。大丈夫」

『良かった・・・』


どさっ、という音が聞こえた。ホッとしたあまり、座り込みでもしたんだろう。


「夏樹くん、お父さんにも叔父さんにも聞いたけど、はんぺんがどこにいるのか分からないんだって。君ならはんぺんの行方、知ってるよね?」


『う・・・』


芙蓉は言葉を詰まらせた。やっぱり犯人はこいつか。


「はんぺんは今どこにいる?」

『それが・・・』

「うん?」


事情を聞いて、俺は呆れた。

なんと、夏樹の昼寝のあいだカーペットに転がっていたはんぺんに、芙蓉は年賀状用のインクをこぼしたというのだ。しかも、真っ赤なやつ。


白いぬいぐるみの犬の頭に、真っ赤なインクがべったりと・・・


スプラッタだ。


赤インクは、ちょうどぬいぐるみの頭から額を通って口まで垂れたらしい。・・・そりゃ、隠すわな。そう俺は思った。


「分かったよ。・・・夏樹くんのパパに、俺のところに迎えに来てあげるよう伝えてくれ。じゃあな」


夏樹のパパ本人にそう告げると、俺は通話を切り、おもむろにメールを打った。


『三が日中に、はんぺんからインクを落とせ。どんな手段を使ってもいい。死ぬ気で落とせ。夏樹くんには俺がうまく言っておく』


「そのわんちゃん、はんぺんのこと知ってた?」


夏樹がきらきらとした瞳で聞いてくる。う、その純粋な輝き、汚れちまった大人には眩しすぎるぜ。


「うん。彼が言うにはね。夏樹くんのはんぺんは、今お遣いに行ってるんだって」


「おつかい?」


「そうだよ」


俺は頷き、にっこり微笑んでみせた。信じきった瞳に、嘘をつく胸がちくちく痛む。


「はんぺんはね、今天国に行ってるんだって。夏樹くん、はんぺんにママの話をした?」


「うん。したよ。ママのこと、いっぱいおはなしした」


「だからね、はんぺんは夏樹くんのママに会いに行ったんだよ。夏樹くんがどれだけママのことが好きか、教えに行ったんだ」


ちくちく、ちくちく。芙蓉の馬鹿ヤロー! 俺にこんな嘘つかせやがって。


「ほら、お正月は、新しい年が明けたおめでたい時だから。だから、特別なんだよ」


理由にもなっていないが、夏樹は信じたようだ。


「おしょうがつがとくべつだから、天国へいけるの?」

「そうだよ」

「くりすますじゃないの?」


不思議そうに首をかしげる。う・・・ 確かに、クリスマスの方がまだそれっぽいけれど。


「あー、ほら。お正月はパパのお店もお休みだろ? お休みだったら、パパは一日中夏樹くんといられるだろう? だから、はんぺんは安心してお遣いに行ったんだよ」


芙蓉が彼の亡き妻から引き継いだ女装バーは、クリスマスはかきいれ時で忙しかったはずだ。


「くりすます・・・パパいそがしかった。葵ちゃんがいてくれたけど、ちょっとさびしいね、ってはんぺんとおはなししてた」


納得してくれたようだ。俺は内心ホッとした。


「でも、夏樹くん、どうしておじちゃんのところに来たのかな?」


「葵ちゃんが、おじちゃんはいなくなったいぬやねこ、見つけるのとくいなんだっていってたから」


「ま、まあね」


俺は何でも屋だからな。犬猫探しもすれば、庭木の剪定、草むしり、どぶ浚いでも何でもやるさ。


「それにしても、よく一人でおじちゃんちまで来れたね。一度しか来たことないのに。電車、人がいっぱいで大変だっただろう?」


「でんしゃじゃないよ。たくしー」


そう言って、夏樹は俺の名刺を見せた。パソコンで作ったショボいやつで、この子の父親と叔父に渡した覚えがある。


「うんてんしゅさんに、ここに連れていってくださいってたのんだの」

「タクシー? お金は?」


夏樹の住んでいる街からここまで、タクシーだったら結構なお金が飛ぶぞ?


「葵ちゃんのくれたお年玉もってたの」


げ、叔父バカ葵。こんな子供にいくらお年玉包んだんだ。・・・まあ、下手に電車になんか乗られてたら、迷子になってたかもしれないし、いいとしよう。しかし夏樹。お前も子供のくせにタクシーに乗りなれてるな?


まあ、いいや。考えるの疲れた。


それからしばらく、「はんぺんはいけるのに、どうしてぼくは天国へいけないの?」などという無邪気な質問に答えながら迎えを待った。良心が拷問を受けているみたいだった。


「夏樹!」


ようやく迎えに来た芙蓉は、今日は和装だった。ママだ。パパだけど、ママだ・・・


「パパ! はんぺんは今天国のママのところにお遣いにいってるんだって。おじちゃんが、わんちゃんにきいてくれたんだよ」


最愛の息子を抱擁しながら、問いかけるようなまなざしを向けてくる芙蓉に、俺は言ってやった。


「はんぺんは、お正月が過ぎたら帰ってくるらしいよ」


正月中に、何が何でもインクを落とせよ? 


俺は視線で凄んでやった。良心の拷問状態だったんだ。それくらいの腹いせをしたっていいだろう?


お詫びに、と葵が運んできたおせち料理の豪勢なお重くらいでは、純粋な子供をだましたこの心の痛みは癒されない。


ののか、パパ、お正月なのにすっごく疲れちゃったよ。

スプラッタはんぺんがこの三日で元の白いはんぺんに戻るよう、お前も祈ってやってくれ・・・

この後に、おまけの「はんぺんの呟き」があります。

ひらがなだらけです。明日投稿の予定。

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、<俺>はどこでも変わらない。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』<俺>の平和な日常。長短いろいろ。
『古美術雑貨取扱店 慈恩堂奇譚』古道具屋、慈恩堂がらみの、ちょっと不思議なお話。
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