翌年かその年の<俺> ある双子の兄弟 芙蓉と葵 3
「パパ」
その時、芙蓉の腕の中の夏樹君が彼の父親の顔をのぞきこんだ。
「葵ちゃん、パパのこと、だいすきだっていってたよ」
「そう・・・?」
力なく微笑む父親に、うん、と天使のような男の子は頷く。その背中で、はんぺん、こと、白い犬のぬいぐるみが揺れる。まるで、はんぺんも一緒になってうんうんと頷いているみたいだ。
「いま葵ちゃんが、ばいとのかけもち? してるの、しゃかいけんがく? なんだって」
「社会見学?」
「色んなせかいをみておくんだって、葵ちゃん、いってたよ」
「それは、何のためだって葵は言ってた?」
ここで、夏樹君は黙り込んだ。
「・・・ないしょ」
「内緒って、夏樹」
さらに言葉を続けようとする芙蓉を、夏樹君は遮った。
「パパにはないしょだもん。おとことおとこのやくそくだもん。」
ぷくり、とふくれる、ピンクのほっぺ。
可愛いなぁ。この子の小さな頭の中には、一体何が詰まってるんだろう。
「まあまあ、いいじゃないか」
俺は芙蓉を宥めた。
「君が心配するようなことは、きっと何もないんだよ。話を聞いてたら、葵君、すごく前向きっぽい感じじゃないか。兄貴として、どーんと構えていろよ。きっとそのうち、彼の方から君に話してくれるさ」
「そうかな・・・」
芙蓉は気弱に目を伏せた。
全く。他人には滅法強いのに。肉親のこととなると、こんなにも臆病になるんだから。しおしおと萎れる姿は、まさに夕方の芙蓉の花だな。
「君自身が弟を信じてやらなきゃダメだ。ね、夏樹君?」
同意を求めると、子供は生真面目に頷いた。
「うん。パパ、葵ちゃんのこと、おこったりしないよね? そんなことしたら、葵ちゃんかわいそうだもん」
「そうか・・・そうだよね・・・」
芙蓉は夏樹君をぎゅっと抱きしめると、地面に降ろした。
「じゃ、公園に行こうか夏樹」
「あ、あの公園に行くのか。俺がよく犬の散歩でいくとこ」
「そう。夏樹が気に入ってるんだ。今日なんか八月とも思えないほど涼しいから、新学期が始まる前に連れていってやろうと思って。サンドイッチを作ってきたんだ。ピクニックっぽくて、いいでしょ?」
そう言って、芙蓉はようやく笑みを見せる。少し元気を取り戻したようだった。
そっか。新学期かぁ・・・ののかも新学期だな。
夏休み後半は、妻の仕事の関係で海外に行くって言ってたっけ。まあ、半分バカンスなんだろうけど。
「じゃあ。俺は仕事に行くよ。夏樹君、またおじさんと遊ぼうね」
「うん!」
しっかりと父親と手を繋いだ夏樹くんは、うれしそうに笑った。
ぬいぐるみの「はんぺん」については、このページの第97部からの「一年で一番長い日 キリ番リクエスト はんぺんの冒険」をどうぞ。