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第16話  ビリヤード

「僕が以前クラブで会ったアオイと、今夜あなたが会った彼女のそっくりさん、つまり高山家の双子にそっくりな女についても、同じことが言えますね」


智晴は言った。

俺も頷く。


「お前が会ったのは高山葵だったのか、それとも高山芙蓉だったのか」


「あなたが会ったのは、高山芙蓉だったのか、それとも高山葵だったのか」


俺たちは顔を見合わせた。


「三つ子の三人め、という説は捨てましょうね」


「そうだな」


互いに苦笑いする。


大きな謎がとりあえず二つ。「死体の身元」と「俺たちが別の日別の場所で会った二人のそっくりな女の正体」。


でも、まだまだ謎が……。


男だった一つに賭けて、賭けてもつれた謎を解くと銭形平次は言っていたが、賭けなきゃいけない謎がいっぱいあったらどうすればいいんだ。


時代劇チャンネルで見る大川橋蔵は美男だったが、俺はそれにはほど遠い。だが『銭形平次』はやっぱり八八八回やった大川橋蔵が至高だな。後の俳優は軽すぎる。そういえば箕輪の万七親分の人は、その後どうしたんだろうか……。


「義兄さん、何をぼんやりしてるんですか? 義兄さん!」


呼びかけられて、俺は我に返った。目の前に智晴の心配そうな顔。


「あ、ミノワの親分!」


なぜか指をさしてしまった。その瞬間、智晴の目が瞬間冷凍されたように冷たくなった。


「……誰が三輪の万七ですか。僕は遠藤太津朗ですか?」


「お、お前妙に詳しいな」


「母が時代劇が好きで、よく知ってるんですよ。僕があんな悪人顔に見えるっていうんですか?」


「み、見えないことも……」


す、と智晴の瞳が細くなった。


「どうやら、長生きしたくないみたいですね?」


俺は慌てて首を降った。


「そ、そんなことはないぞ! 俺はののかの花嫁姿を見るまでは死なん。孫の顔だって見るつもりだ!」


「そうですか。長生きしたいですか。だったら、真面目に考えなさい。まだまだ整理しなきゃならないことがあるはずでしょう?」


「あるよ。有り過ぎて、謎が謎を呼んで、知恵の輪みたいになってるんだよ。なんかこう、立体になって、ダリの『燃えるジラフ』のシリーズみたいに……」


「何訳わからないこと言ってるんですか。謎は解いてしまえば謎ではなくなるんですよ」


「そりゃ、ま、そうなんだけどさ」


「ひとつひとつ、丁寧にほぐして、それから組み立てていけばいいんです。今はその作業中でしょう?」


「分かってるけど、ちょっと待ってくれ。俺、パズルが苦手なんだよ……」


決まりが悪くて、俺は下を向いてしまった。ああ、自分が情けない。


ふう、と智晴が息をついた。


「それがたとえ大きく見えたり小さく見えたり、楕円に見えたり多角形に見えたりしても、良く見れば同じ形のモジュールを組み換えてるだけだったりするんです。そのモジュールの形と個数を見極めればいいんですよ」


智晴はいきなり俺の目の前に指を突きつけた。


「真実は、いつもひとつ!」


「……」


「さあ、パズルのピースをもっと並べていただきましょうか?」


智晴が妙な凄味を漂わせている。俺はびびってしまった。コワイ。早く答えないとまだらの紐で首を締められそうな気がする。


「えっと、あー、と。そ、そうだ。なぜ高山父は俺に息子の行方探しを依頼してきたのか! うん。これも俺はおかしいと思うんだ!」


そうだよ。高山父はなぜ俺に息子探しを依頼してきたのか。


夏至の前夜、俺と一緒に飲んでいた二人連れの片割れがあの<笑い仮面>だとしたら、それは絶対におかしいんだ。なぜなら、二人連れのもう一人が高山葵だということは、その時入った店のバーテンが写真で確認しているから。


「息子は一月前から行方知れずだ」と高山父は言ったんだ。それなのにあの夜、当の息子と一緒にいたのは変だ。それに、もし俺に依頼することになったのが偶然だったとしても、ほんの前々夜一緒に飲んでいた相手の顔を、そう簡単に忘れるものなのか?


いや、俺は忘れてしまったけどさ……記憶を無くすほど飲んだのは初めてだけど。


ここだけでも二つ矛盾がある。


そういえば、そんな名前の香水があったっけな。最初の香りとラストノートの印象がまるで違うやつ。目の前の問題もそうだ。最初と今ではまるで状況が違う。


こんな変な依頼、受けるんじゃなかった。今更ながら俺は心の中で嘆いていた。普通にペット探しをしていれば良かった。平和にどぶ浚いでもしていれば良かったんだ。そうすれば、こんな訳の分からないパズルにかかわらずに済んだのに。


心の中で涙の雨を降らしながら、俺がおかしいと思う根拠を話すと、智晴も頷いた。


「何か意図があるとしか考えられませんね……」


「お前もそう思うだろう? それに、俺の知り合いのチンピラがシンジで、シンジの彼女がるりちゃんで、るりちゃんが勤めているクラブが<夜の夢>で、って分かってて動いたように見えないか?」


「そうですね。なんだかビリヤードのようだ」


「目的のボールをホールに落とすために、一見全く関係無さそうなボールをキューで突くってか? 俺はボールかよ! どこのホールに落っことそうっていうんだ!」


「ホールに入れなくても、その場所に動かしたかった、という場合もありますよ。次のショットを有利にするために」


「嫌だ、そんなひねくれた行動は! もっと素直に、ストレートに行こうよ。俺はビリヤードよりもダーツのほうが好きだ!」


可哀相なものを見る目で、智晴はのたまった。


「確かに。ビリヤードはテクニックだけでは済まないものがありますからね」


それって、俺が頭脳戦に向いてないって言いたいのかよ。おい、智晴!

──そう思ったが、その通りなので何も言い返せなかった。く、悔しい。


だが、世の中には、やりたくなくてもやらなければならないことがある。


今の俺にとっては、この頭脳労働だ。苦手だからと放置することは出来ない。こんな俺に誰か良い助言をくれないものだろうか……。


ま、どんなに良い言葉をもらっても、結局は自分のことは自分で解決するしかないんだけどさ。


「俺をビリヤードの球みたいに扱ったかどうかは別にして、何で俺にかかわってきたんだろう? どう考えてもこれまでの生活に接点が無いよ、俺と高山親子は」


「あなたが覚えていないだけかもしれませんよ?」


「意地が悪いな、お前は!」


俺は智晴を睨みつけた。


「可能性を指摘しただけですよ。たとえば、今日すれ違っただけの人をあなたは覚えていなくても、向こうは覚えているかもしれない。そういうことです」


そりゃそうかもしれないけど……またもや言い返せなくて、おれはムムムと息を吸い込んだ。と。


ぐぐぐ~~~!


「今の、何の音ですか?」


「……」


俺はへなへなと力が抜けそうになった。そういえば今夜は<サンフィッシュ>でジンフィズ飲んで、チョコレートを摘んだだけだったっけ。あと身体に良さそうなのってジンジャーコーディアルだけだし。そういえば、昼も暑くてあまり食べてないような。


「……夕食は?」


「いや、その。うーん、まだだったかもしれない」


智晴は呆れたように息を吐き、携帯を取り出した。










智晴がケータリングを頼んでくれたピザは、美味かった。


チーズが重いんじゃないかと思ったが、先に入れたアルコールのせいか胃が活性化しているらしい。サイドメニューの冷たいビシソワーズも味が良い。


「美味いな、このスープ。俺、この手のものでこんなに美味いの食べたことない」


「友人の店に頼みましたからね。その辺のインスタントものとは違いますよ。普通はケータリングなんかしてくれません」


食後にポットから温かい飲み物を出してくれながら智晴は言った。ピザと一緒に届けられたポットは、ユーモラスな猫の形をしている。


「はい。消化を助けるハーブティー。夏向きのブレンドらしいですよ」

「ピザにはビール……」


「ダメです。今夜はもう飲んできたんでしょう? 身体が資本な仕事をしているくせに、何を言ってるんですか。あなたが倒れたら、ののかちゃんが泣きます」


元義弟に睨まれて、俺はずずっとハーブティーをすすった。爽やかな味と香りが喉と頭に心地いい。確かに、今の俺の身体にはビールよりもこちらのほうが合うようだ。


ポットの猫が、ほらね? とばかりにニッと笑ったように見えた。


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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、<俺>はどこでも変わらない。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』<俺>の平和な日常。長短いろいろ。
『古美術雑貨取扱店 慈恩堂奇譚』古道具屋、慈恩堂がらみの、ちょっと不思議なお話。
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