いつかの年の<俺> 藤の蔓 その7
何だかやっぱりアンビリーバボーです、住職。
「そうそう、今度五十年を勤める檀家の安倍さんのご母堂の時も、丸一日掛けても燃えず、藤の蔓を使ったと先代から聞いてます」
「そ、そうなんですか・・・」
いや、まあ、この場合は燃えた方がいいんだよな。燃やしてるのに燃えない方が怖いよな。
「それは、やっぱりこちらの藤の木から切ったものなんですか?」
そう訊ねながら、照りつける太陽の下、かすかな風にさわさわと身を揺らす豊かな緑の蔓を見やる。明るい風景なのに、何となく妖しく思えてくるのは気のせいだと思いたい。
「ええ。当時、五本くらい切って窯の火にくべたそうですよ。普通は一本で充分らしいのですがね」
「それって、この藤でないとダメなんですか?」
「いえいえ、そんなことはありません。山に自生してる藤の方がいい、という人もありますが、基本、どこに生えているどんな種類の藤でもよろしいようです」
「そこの公園の藤棚のでも?」
「はい。大丈夫だと思いますよ。でも、公共の場のものを勝手に切るわけにはいかないでしょう」
「ああ! 桜の枝だって勝手に切ったらそりゃ犯罪ですもんね」
俺の間の抜けた発言に、住職は少し笑った。
ま、いいけどね。・・・俺の日常から掛け離れた奇怪な話だから、当たり前の常識にすぐ気づかなかっただけなんですよ。
「それに、曲がりなりにも寺の境内に生えている藤の木ですから、仏様の慈悲がこもっているということで、必要な時にはうちに来られることが多いですね」
うーん、そりゃ、小さな、公園とも呼べないようなところで手入れもあまりされずに放置されてるような藤の木より、お寺の藤の木の方がご利益ありそうだよな。