いつかの年の<俺> 藤の蔓 その2
「美味しいですね、これ」
俺は世辞ではなく、本心からそう言った。つるっと冷たく、ほどよい噛み心地の葛の中に、上品な甘さの漉し餡。
「何個でもいけそうです」
「それは良かった。美味しいと思う時が食べ時ですから、たんとおあがりなさい」
涼しい縁側で、暖かいお茶と美味い生菓子。至福のひと時だ。すすめ上手の住職に甘え、つい三つも食べてしまった。おお、何だか力が湧いてきたぞ。
礼を言って、仕事に戻ろうとした時だった。遠くから車のエンジン音が近づいてきたかと思ったら、ブレーキを軋ませてお寺の前で急停止。何だろう、と思っている間に大きく開かれた門から年配の男性が走りこんできた。
「あ、あの、あの・・・!」
男性は肩で息をしている。すぐには言葉が出てこないようだ。明らかに只事ではなさそうな状況なのに、住職は少しも慌ててはいない。
「もしかして、藤の蔓ですか?」
おっとりと掛けられた言葉に、男性はこくこくと頷いている。
「それでは、少しお待ちなさい。すぐに一枝切りましょう」
俺には何のことか分からないが、ふたりの間では話が通じているようだ。
藤の蔓が、一体何だっていうんだ?