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第15話  Why done it?

まあ、確かに。俺は彼女に高価なアクセサリーなんか買ってやることはできなかったけども……。元妻の華奢な腕を飾っていた時計を思い出して、ちょっと憮然としてしまった。


いつか俺だって、リッチな時計を買ってやる! ロレックスとかロレックスとかロレックスとか、って、他に高価なモン知らないのか、俺。


……ダメだ。パチモン掴まされそうだ。おとなしく国産の時計にしておこう。日本製ムーブメントは優秀だし。ゼロが二つ三つ違おうとも、時間が正確ならいいんだ!


バカなこと考えてるな、俺。


元妻に生活的余裕があるのはいいことだ。だって、娘のののかは彼女に引き取られたんだし。……養育費だって、本当は必要ないのはわかってる。元妻は父親である俺に、ののかに関わる口実をくれてるんだ。本当に、出来た女だ。なんで俺なんかと結婚したのか分からない。


さらに分からないのが智晴だ。なんで俺に構うんだか。ま、こいつの場合は、一度内に入れた者は身内っ、てヤツだからかもしれない。男きょうだいが欲しかったらしいし。俺の事、兄貴のように思ってるんだろう。……年上の弟だと思ってたら、嫌だな。


その智晴は、ふう、と息をついて言った。


「で、その催眠術にかけられる前は? 誰と飲んでいたとかいうことは覚えてないんですか?」


「それなんだよ」


俺は顔をしかめた。


「確か、最初に俺が入った店にいた二人連れの客がケンカを始めて、仲裁に入ったんだ。そっから意気投合したらしくって、あちこち梯子を……」


俺の言葉を聞いた智晴は責めるように俺を見た。俺は両手を上げてみせる。


「分かってるよ、余計なお世話だ放っておけばよかったのに、って言いたいんだろ」


智晴は大きく頷いた。


「お人好し、とも言いたいですよ、僕は」


「お前の姉貴も多分同じことを言うと思う」


俺は肩をすくめる。


「ちょっと聞いてくれ。今夜は高山葵の手がかりを追って<サンフィッシュ>って店に行った。そしたら、俺はバーテンに言われるまで全然覚えていなかったんだけど、そこは死体の隣で目覚める羽目になる前の晩、意気投合した二人と一緒に入った店のうちの一軒だったみたいなんだ」


「本当ですか?」


驚いたように目をみはる智晴。そりゃ驚くわな。俺もびっくりしたもん。


「ああ。なんとその上、俺といた二人組のうち、一人は高山葵だということが分かった。バーテンに写真を、お前にも見せただろう? あれを見せたら、二人組のうちの一人と同一人物だっていうんだよ。もう一人も人相風体を聞くと、どうも俺に息子探しを依頼した当の高山父本人だったように思えるんだ」


ああもう、話しているだけでも頭がぐるぐる渦巻き蚊とり線香だ。

そういえば足首の隙間、蚊に刺されたのかな? 痒いかも。


「……してるんですか?」


智晴が不審そうに訊ねる。


「ああ。蚊がいるみたいだから蚊とり線香」


答えながら、俺はダークグリーンの渦巻きを蚊遣りぶたにセットする。


こいつの丸く開いた口が、いかにもマヌケで心が和む。煙を吐き始めた蚊遣りぶたの、これもマヌケな丸見えの後側から、渦巻きの適当なところに金属製の洗濯ばさみを挟んだ。


「なぜ蚊とり線香に洗濯ばさみを?」


「挟んだところで消えるから、無駄にならないんだ。金属製でないとダメだぜ、プラスチックだと溶ける」


「妙なところで生活の知恵を発揮しますね」


気が抜けたように智晴は言った。


「それがどうして危機管理の方に働かないんだか」


「危機管理って、そんな大袈裟な。今回はたまたま変なことになっただけで……」


「あのね、義兄さん。世の中には悪い人がいっぱいいるんです」


小さな子供に言い聞かせるように智晴は続ける。


「知らない人には気をつけないとダメです。お菓子をあげるって言われてもついて行っちゃいけません。ああ、あなたの場合はお酒をご馳走されたんでしたっけね」


「くっ……!」


今回は反論できない。確かに、知らない人について行って酒をご馳走されたせいで記憶がなくなったのだ。


「気をつけてくださいよ、本当に。死体になっていたのは、あなたの方だったかも知れないんですからね、義兄さん」


「嫌なこと言うなよ……」


もごもごと口の中で呟いた言葉は、無視された。


「それにしても、その高山という父子は怪しいですね」


智晴は考え込む。


「お前もそう思うよな?」


ようやく危機管理の話から離れてくれたと勢い込む俺を、智晴は冷たい目でじろりと睨む。


「あなたにとっての始まりは、高山父子らしい二人連れと出会ったこと。そうですね?」


「あ、ああ」


「そして、今現在は高山の父親から息子の行方を探して欲しいと依頼されている」


「その通りだ」


「<始まり>と<現在>の間に何があったのかは分からない。繋がりがあるのかどうかも分からない」


「う、うん……」


俺は智晴の迫力に押されてしまった。


「ミステリには三つの要素がありましてね。フーダニット、ハウダニット、ワイダニット。この三つを解明しなければその事件を解いたことにはなりません。今回、一番重要なのは、ワイダニットでしょう。それが分からないことには、フーダニットもハウダニットも解くことは出来ません」


Who done it?  How done it?  Why done it? 


俺も知っている。「誰がやったか?」「いかにしてやったか」「なぜそれをやったか?」


つまり、犯人・手段・動機だ。


確かに。智晴の言うとおり、<動機>が分からない。どういう理由で、どういう目的で、俺を酔わせて死体の隣に寝かせたのか、何故マンボウのピアスをポケットに入れておいたのか、それが全く分からない。女を殺した犯人に仕立て上げたかったとしたら、なぜ警察に通報するなりして死体が発見されるようにしなかったのか。


──なぜ、俺が巻き込まれたのか。


俺はいつの間に「巻き込まれ型ミステリー」の主人公になったんだろう。嫌だ。そんなのはヒッチコックの映画の中だけでいい。大統領暗殺の秘密の打ち合わせなんて耳にしてないし、交換殺人なんか持ちかけられてない。


俺は一瞬ジェイムズ・スチュアートの気分になったが、ののかは誘拐されてないし、元妻はドリス・デイではない。『ケ・セラ・セラ』なんか歌っている場合じゃないんだ。


なるようになる、と今まで生きてきた。なるようにしかならない、と。

だが、今は「なるようになる」ではなく「どうにかしなくては」ならない。


「ワイダニットを探るためのピースを、俺はまだ全部並べてない」


俺は智晴の顔を見つめた。


「例のマンボウのピアス。赤い石のついたのをアオイという女がつけていたのを見たと聞いて、俺が驚いた理由は分かるな?」


「ええ。分かります。しかも、僕の見たアオイは、あなたが探すのを依頼された高山葵の写真とそっくりだった」


「それに、俺の見た女の死体ともそっくりだ」


「アオイと死体が同一人物だと?」


「いや。それはまだ分からない。なぜなら俺は今夜、<サンフィッシュ>でアオイらしき女と会ったからだ。写真の高山葵とそっくりだった」


「それでは今のところ、そっくりな人間は四人いるわけですね。高山葵と高山芙蓉の双子兄弟と、僕の見たアオイ、それに死んでいた女」


俺は頷いた。


「俺がアオイに喉仏があったかを気にした理由が分かっただろ? 今夜俺が会った女は、首にスカーフを巻いていたよ。隣に座って話しかけてきたから、俺は訊ねた。『どこかでお会いしましたか』。そしたら、こう答えた、『ひどいわ、覚えていらっしゃらないの?』」


「意味深ですね。その女と似た顔の死体は見ても、彼女と話すのは初めてのはずですよね」


智晴の言葉に、俺は頷いた。


「女は去り際、謎の言葉を残した」


「……どんな言葉です?」


「『太陽の魚は、お日様が好きだと思う?』」


智晴はしばらく黙っていた。


「太陽の魚ですか。……マンボウのことでしょうか?」


「少なくとも、マンボウの英名は<オーシャン・サンフィッシュ>だな。女が現れた店の名前も<サンフィッシュ>、太陽の魚、だ」


「……」


「それに、今日お前が来る直前のことだ。変な電話があった」


そういえばあの声も、男とも女とも分からない声だった。


『夏至のあの日、芙蓉を殺したのは、お前か?』


電話で言われたその言葉を告げると、智晴は考え込んだ。


「じゃあ、僕の会ったアオイという女は、高山家の双子のうち、五年前行方不明になった方だということですか? それならそれでいいとしましょう。だけど……」


智晴の言葉を引き取って、俺は言った。


「それなら今夜、俺に会いに来たのは誰なのか、ということになるよな」


智晴は頷いた。


男が女に化ける。そう難しいことではないかもしれない。明らかに男であることがわかる女装もあれば、女にしか見えない女装もある。そういえばドラマの再放送で、<下町の玉三郎>とも称される大衆演劇出身のベテラン俳優が、女形に<なっていく>場面を見たことがある。


その俳優は、素顔ははっきり言って普通のオッサンだ。ごつごつしてさえ見える。それが、顔に白塗りをし、眉を描き、紅をさしていくと、見る見るうちに美しい女に変わるのだ。あれよあれよという間に現れる絶世の美女。まるで魔法のようだった。


本物の女より美しく、儚げな夢の女。


高山芙蓉なら、完璧に女に化けられるだろう。が、同じことは高山葵にも言える。


「あの死体についてはさ、何通りかの可能性が考えられるんだよな。


その一。

高山葵と高山芙蓉は双子ではなく実は三つ子のきょうだいで、三人めは女である。夏至のあの日、俺の隣に横たわっていたのは彼らの三人めのきょうだいだった。


その二。

智晴が出会った<アオイ>は実は高山芙蓉で、夏至のあの日、死体となって俺の隣に横たわっていたのはその高山芙蓉だった。


その三。

智晴が出会った<アオイ>は実は高山葵で、夏至のあの日、死体となって俺の隣に横たわっていたのはその高山葵だった。


その四。

智晴が出会った<アオイ>は高山芙蓉で、夏至のあの日、死体となって横たわっていたのは彼の双子の弟、高山葵だった。


その五。

智晴が出会った<アオイ>は高山葵で、夏至のあの日、死体となって横たわっていたのは、彼の双子の兄、高山芙蓉だった。


くそ、ややこしい! だけど、その一は荒唐無稽に過ぎるよな。一応、可能性には入れてみたけど」


どこから見てもそっくりな二つの宝石があったとして、誰かがそれの位置を知らぬ間に動かしたとしたら、どちらがどちらかなんて動かした本人以外には知る方法が無い。宝石自身に意志があって勝手に入れ代わったのなら、もっと分からない。


真珠のピアスの右左なんて、外した瞬間わからなくなるんじゃないか?


ああ……、ピアスって、真珠でなくても<双子>だよな……。


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