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いつかの年の<俺>小話 6月23日。 狛犬きょうだいの夢
音も無く水面に輪がいっぱい出来るから、アメンボウが泳いでるのかと思った。
いや、違う。雨だ。曇ってはいても明るい空から、銀の糸を引くように、後から後から降ってくる。ああ、これは水田だ。緑の苗が生き生きしてる。田植えが終わったのか・・・
ふと目を上げると、見渡す限り四角の水田。まるで湖みたいだ。草いきれに包まれた水の匂いって、何でこんなに落ち着くんだろう。
くすくすくす。
くすくすくす。
どこからか、子供の笑い声が聞こえてくる。眼を凝らすと、幼い男の子が二人、田んぼの真ん中を楽しそうに走り回ってる。それにしては水音が聞こえないし、真っ直ぐに植え付けられた苗が踏み荒らされるわけでもない。
子供たちの姿が、いつしか仔犬に変わってる。くるくると、元気良く走ってる。
・・・
・・・
そうか、これ、夢なんだ。
あの子たちが俺の夢の中に遊びに来たんだ。阿吽の狛犬の兄弟が。
──ねぇ、おじさんも遊びにおいでよ。
最後に、子供たちの誘う声が聞こえたような気がした。
狛犬きょうだいについては、『古美術雑貨取扱店 慈恩堂奇譚』をどうぞ。同じシリーズです。