いつかの年の<俺> 1月10日。 サイボーグにわしはなる!
人ってさ。
十代も半ばくらいになると、「もう子供じゃないもん!」て言うようになる。
で。
老年にさしかかってくると、今度は「まだ年寄りじゃないもん!」に変わるんだよな、これが。
老眼鏡を拒否したり、杖に頼るのを嫌がったり、補聴器を毛嫌いしたり。・・・気持ちは分かるけどさ、権藤さん。
はぁ・・・
権藤さんは、ご近所でも有名な頑固ジジ・・・もとい。ちょっとやそっとで己の意思を曲げたりしない、強い精神力を持った御仁だ。その彼を説得するようご家族から頼まれたんだけど、どうすればいいっていうんだ。
俺は内心密かに頭を抱えていた。
「そういえば・・・」
心理的に追い詰められ、途方に暮れていた俺は、ふと唇を動かした。
「身体の一部を人工物で補うのって、ある意味、サイボーグになるのと同じだって、どっかで聞いたなぁ・・・」
その瞬間、権藤さんの真っ白い眉毛の下の目が、きらり、と光ったような気がした。
「む・・・」
何故かいきなり考え込む権藤さん。一体、何がどうしたんだ? 思わず首を傾げる俺なんか目に入らない様子で、独りうんうんと頷いている。
「──ふむ、そうだったな。身体の一部を機械で強化したものがサイボーグだ。また、脳が人間である限り、身体の全てが機械になっても、それはロボットではなく、サイボーグだ」
「そ、そうなんですか?」
「そうだ!」
それから、権藤さんは<サイボーグの定義>や、<サイボーグとロボットの違い>、<ロボットとアンドロイド>について、語りまくってくれた。・・・正直に言おう、俺、ちょっとついていけなかった。ただ、はあ、とか、そうなんですか、とか、相槌を打っていただけだ。
「・・・えーと、ということは、コンタクトレンズを入れてる人も、<サイボーグ>の範疇に入るってことですね?」
「そうだ。よく分かってるじゃないか」
権藤さん、何だか嬉しそうだ。
「よし。分かった。わしは今日からサイボーグになる。心配かけたな。娘や息子にもわしがそう言っていたと伝えておいてくれ」
「はあ・・・いえ、はい。分かりました」
「ふふ、実はな、わしは若い頃、SFが好きでなぁ。金背や銀背を貪るように読んだもんよ」
「きんせ? ぎんせ?」
「君、『ジェイムスン教授』シリーズを知ってるか?」
「へ?」
それから、延々と昔のSFの話を聞かされた。よく分からないけど、相当好きだったんだなぁ、権藤さん。あんなに拒否してた老眼鏡や補聴器を、つけてもいいと思いなおすくらいに。
うーん、SFって凄い。というか、それを好きな人のエネルギーって、凄い。
2010