その年の<俺>のお盆 17
──あ、あれあれ。本当だ。
──ああ。……警部補にそっくりだな。
── 一卵性の双子らしいぞ。
──さっきの、警察病院直行の被疑者、オトしたの、彼らしいよ。
──現場に急行したやつら、手も出せなかったってさ。
──逮捕術のお手本みたいだったんだって? 見てみたかったなぁ。
──なぁなぁ、頼んでみないか? 模範試合。
ひそひそ、ひそひそ。
警察署の皆さん、女子高生のようなひそひそ話はやめてください。
いや、だからさ。
あれは俺じゃなかったんだって! 死んだ弟だったんだってば!
──どれほどそう叫びたかったことか。
事情聴取では、力いっぱい主張した。
「女の子を助けようと必死でした」
「無我夢中で何も覚えていません。火事場の馬鹿力です。」
・・・本当のことなんか、言えるか。
ってゆーか、誰が信じるんだ、そんなこと。
聴取が終わって帰りがけ、待機中だといういかにも猛者な警官の皆さんに道場に誘われた。必死で固辞したが・・・ いやいや皆さん、俺には模範演技とか出来ませんから。受け身すら取れません。多分。
とにかく、俺は逃げるように帰って来たのだった。何も悪いことなんかしてないのに・・・!
「はあ・・・」
俺は窓を開けたまま、ボロソファに身体を沈めた。ブラインド金具に引っ掛けた風鈴が、ちりん、と澄んだ音を立てる。
駅側のネオンの明かりのせいで真っ暗にならない部屋の中、俺はコンビニ袋から缶ビールを二本取り出した。
「ほら、お前の分」
プルトップを開けて、テーブルの向かいに置く。それからもう一本を開け、ごくごくと喉を鳴らした。
「ぷはー、うめぇ!」
この一杯のために生きている! と言いたくなるくらい、一日の仕事を終えた後のビールは美味い。胃がきゅーっとなる。ああ、腹へってたんだ、俺。今日は奮発して幕の内弁当を買ったんだった。
弁当のパックをコンビニ袋から取り出し、蓋を開ける。割り箸は二膳入れてもらった。一膳を割って向かいのビール缶に添え、もう一膳も割って自分で持つ。
「あそこのコンビニの弁当、結構マシなんだよ。この時間だとたいてい売り切れてるんだけど、今日は運が良かった。あ、そうそう」
俺は立ち上がり、洗って冷蔵庫に入れておいたプチトマトと取り皿を持って戻ってきた。皿の上に三つばかり、真っ赤に熟したまん丸トマトを載せる。
「これ、上の屋上で育てたプチトマト。小さいけど、甘くてなかなかイケるんだ」
話しかけても、応えは無い。
当たり前だけど。
だけどいいんだ。きっと弟はそこにいる。
「今日はありがとうな。何度も助けてくれて」
俺はそう言って何も無い空間に向かってビール缶を掲げて見せ、残りを飲み干した。