その年の<俺>のお盆 13
頭は働かないのに、唇だけが動く。
「手錠・・・」
「は?」
「確保した。手錠を・・・」
俺は何をしゃべってるんだろう?
俺の言葉を聞いて、何故か我に帰ったらしい警官から受け取った手錠を、俺は慣れた手つきで素早く男の両手にはめる。目に入った安物の腕時計の時間は──
「十九時二十分、確保」
自分の口がそう言い終わった途端、ぼんやりしていた頭がはっきりした。
「あれ?」
目の前の、まだ若い警官は幽霊を見るような顔で俺を見ているし、足元には女の子を連れ去ろうとした男が転がっている。その向こうに落ちているのは、いかにもヤバげなサバイバルナイフ。
「俺、何かした? あれ、あれれ?」
一体何が? パニックしている俺に、もうひとりの警官がおそるおそるというふうに訊ねてくる。
「あなたがその男を確保したんですよ。まさか、覚えてないとか?」
確保? そういえば、『踊る大捜査線』で見たなー、クライマックス、クラブで飲酒談笑していた客が実は全員警察官で、知らずに入って来た犯人に向かい、彼らが一斉に銃をつきつけるの。
確保ー!
あれ叫んだの、誰だっけ?
「えーとですね、俺、ここの塾に通う子供を、その子の親に頼まれて迎えに来たんですよ。あっちの道からこの通りに入ってみると、街灯がいくつか消えてて暗い。こりゃ無用心だなぁ、と思ってるうちにちょうど授業の終わった子供たちが出て来たんです。そしたら、どこからともなくこの男が現れて、あろうことか、女の子を無理やり抱き上げたものだから、俺は慌てて走ってきて、女の子を助けて・・・」
頭の中ではとりとめもないことを考えているのに、状況説明の言葉はすらすら出てくる。さっきまでの、頭がぼんやりしたような状態とは違う。けれど、どうしたものか今は全てが夢の中のように感じられて、感情がついて来ず、言葉が機械的になってしまう。
「あの、それは分かりましたけど」
警官その壱が言った。
「あなた、──警部補? じゃないんですか? あの、亡くなったと聞きましたが、その顔・・・ それに、あの身のこなし。昔、捕り物術の研修があった時、自分、あなたと組ませていただきましたが、全然敵わなくて・・・」
警官その弐も言う。
「自分、あなたと組んで何度か警邏に出た久保です。覚えていらっしゃいませんか?」
「・・・え?」
死んだ弟は警察のキャリアだったが、俺自身には近所の交番のお巡りさん以外、警察官の知り合いはいない。何かの間違いなんじゃあ・・・
「・・・それ、俺の弟だと思いますよ。俺たち、一卵性の双子だったから」
「え? あなたは警部補のお兄さんなんですか? 双子のお兄さんがいらっしゃるなんて知りませんでした。じゃあ、あなたは弟さんから捕り物術を教わったんですね」
警官その弐の言葉に、俺は首を捻った。弟は仕事の話はしなかったし、俺も聞かなかった。そんなんだから、捕り物術なんてヤバそうなもの教わったことはない。危ない目に遭いそうになったら、何はともあれとにかく逃げろと弟は言っていた。
「捕り物術って、柔道ですか? 俺、高校の体育は選択で剣道を取ってたんで、そういうの、分からないんですが・・・」
俺は、手錠をはめられたままぴくりともしない男に目をやった。もしかして失神してるのか?
「あのー、これ、俺がやったなんてことは・・・」
無いよな?
警官その壱、その弐に目で訴える俺。まさか、俺にそんなこと出来るなんて。あるわけねぇ。