その年の<俺>のお盆 12
その瞬間。俺の身体が反応した。
顔面に繰り出されるナイフ。寸前で顔を背けてそれをかわし、男の腕を取る。同時に、がら空きだった足を払ってバランスを崩させ、腕を掴んだままぐっと起き上がる。反動を利用したその技で、男は見事に地面に転がった。俺が座った状態ったので転がすだけになったが、立っていれば一本背負いが決まっていただろう。
男は背中の右半分を地面につけて倒れている。俺は男の肩甲骨の辺りを踏みつけて、ナイフを握ったままの手を捻り上げた。関節をきめられたため握っていられなくなったのか、男はようやくその物騒な得物を放した。片方の足で、俺は出来るだけそれを遠くに蹴り飛ばす。
捻り上げた手を背中に回し、全体重を掛けて押さえ込む。男は呻いた。
遠くに聞こえていたパトカーのサイレンが、急に近くなった。子供たちの誰かが通報したのか、それとも彼らから話を聞いた塾の職員が110番したのか。
パトカーの止まる音がして、警官が数人降りてきたようだ。その間も、俺は押さえ込んだ男から目を放さなかった。と、力尽きたかと思われた男が突然身体を捻り、俺の押さえ込みから逃れた。なんて力だ。やはり、薬物で色んな神経が麻痺しているのか。
獣のように素早く立ち上がった男は、燃え滾るような憎悪の眼差しで俺を睨みつける。──子供を攫う邪魔をし、痛い目にも遭わせた。そんなお前は許さない! ・・・男の狂った目が、そう言っている。
ふー、ふー、と耳障りな荒い息づかいで、男は口から泡を吹いていた。どう見ても正常ではない。到着した警官が男との距離を詰めようとしたその瞬間、奇声を上げて男は俺に襲い掛かってきた。その目には、自分の欲望の邪魔をした俺という存在しか、映っていないかのようだった。
瞬時に、俺の身体は動いていた。腕を掴んでこようとする手を身体を捻って受け流し、振り返りざま、男の後ろ首目がけて延髄切りをかます。前のめりに崩れ落ちかける男の後ろ襟を取り、そのまま体落としに持ち込んだ。再度地面に倒れたところを、今度は縦四方に押さえ込む。
身体に叩き込まれた逮捕術、そう簡単に忘れるものじゃない。
大きく息を吐き出しながら、俺は思った。
・・・ん? 逮捕術?
「あ、あの、あなたは・・・!」
背後にいて、手を出しかねていたらしい警官が震える声で言う。
「・・・え?」
振り返ると、彼は俺の顔をまじまじと眺めていた。まるでこの世ならぬものを見ているような、どこか怯えの混じった視線が揺れる。
「あなた、死んだはずでは・・・?」
「・・・死んだ?」
俺は、何故かぼーっとする頭でその警官の顔を見つめていた。