その年の<俺>のお盆 11
高田さんちから塾までの道の途中、高架下をくぐる途中に小さな空き地がある。低木と草に覆われたそこは、昼間見るとどうということはないが、夜になるとちょっと物騒かなと俺でも思う。
でも、ここって実は猫の溜まり場だったりするんだよな。たまに十匹くらい居たりするが、あれがいわゆる「猫の集会」ってやつだろうか。家出猫・迷い猫をここで見つけることも多い。もしかしたら、猫の喜ぶマタタビの木でも生えてるのかな?
そういえば、キウイフルーツってマタタビの仲間らしいな。キウイで猫が寄ってくるかも。今度迷い猫捕獲の依頼が入った時、試してみよう。
などと考えながら歩いていると、塾の入ってるビルが見えてきた。こちら側は裏通りになるので人通りは少ないが、子供の多く出入りする道ということで、街灯が多く設置されている・・・はずなのに、何だどうしたんだ今日は。暗いじゃないか。
停電、のはずはないな。周囲のビルの明かりは消えてないし。街灯の方が壊れてるのかも。これはすぐに修理してもらわないと、街の灯のありがたみが・・・
お、ちょうど授業が終わったのか、子供たちが出てきた。祐介くんはどこだ。んー、あの一際小さな影。間違いないな。
距離はまだ離れているが、俺は祐介くんに声を掛けようと大きく息を吸い込んだ。その時──
何だ、あいつは。どっから出てきた?
子供たちが出てくるのを待っていたかのように、どこからともなく怪しい人影が現れたのだ。どうして怪しいと思ったかって、それは「カン」だと言うしかないが、とにかく不審な人物だった。
まだそんなに年のいっていない・・・若い男? そいつがフラフラと子供たちに近寄っていく。──俺は無意識に走り出していた。
「きゃー!」
女の子の悲鳴。男がその子を乱暴に抱え上げたのだ。突然のことに驚いて、声もなく固まる周囲の子供たち。逃れようと、女の子がバタバタ手足を動かす。落としそうになって苛ついたのか、男は女の子の腕を掴んだままいったん地面に下ろし、反対側の手を振り上げて──
女の子の顔に打ち下ろされる寸前、俺はその手を掴んだ。
間に合った!
「皆、ビルの中に戻れ!」
息を弾ませながら叫ぶ。子供たちは呪縛から解き放たれたように一斉に悲鳴を上げながら、今出てきたばかりのビル出入り口に走り込んで行った。掴まれていた女の子も逃げた。良かった、走れるんだ。
「わっ!」
ほっとしていると、腕を振り払われた。何て力だ。俺ははね飛ばされ、尻餅をついてしまった。
「うーっ! うーっ!」
異様な声を上げながら、男はギラついた目で睨みつけてくる。睨んでいるのにどこか視線が外れているような、小石のように無感動な目。
そんな目を、昔見たことがある。
両親と弟と俺と。四人家族のささやかな幸せを、一瞬にして粉々に砕いた、あの目。
「グォーッ!」
人間とは思えない叫び声とともに、男は大きなナイフを腰のベルトから抜き放ち、俺に向かって振り上げた。
遠くの街灯の光に浮かび上がる、サバイバルナイフの無慈悲な輝き──