その年の<俺>のお盆 10
ひーこらと年齢の限界を感じつつ、伝さんを連れて何とか吉井さんちまで走り通した俺って偉いかも。あー、もー、汗だく。
「伝さん、お疲れ! 今日は大活躍だったな」
「おんおんっ!」
裏門の鍵を開け直して庭に辿り着いてから、俺はもう一度伝さんを褒めた。息が上がって、ぐるじー。俺も自分を褒めてやりたい。
ぜいぜい息を弾ませつつ、伝さんを散歩用のリードから庭用の長い鎖に繋ぎ直す。水入れを洗い、きれいな水でいっぱいにして足元に置いてやると、喉が渇いていたんだろう、伝さんはものすごい勢いで飲み始めた。
それがあんまり美味そうで、俺もついビールが飲みたくなった。が、この後まだ予定があるんだ。我慢我慢。
伝さんが水に夢中のあいだに、高級ドッグフード・超大型犬用を用意する。けっこう運動したし、昨日よりちょっと多めに入れてやるか。
「ほーら伝さん、晩ご飯だ」
「おんっ!」
元気良く尻尾を振って、伝さんは俺が餌入れを置くのを行儀良く待っている。・・・実はこれが俺にとって、緊張の一瞬だ。
「いいかい、伝さん?」
「おん」
「ちょっと待てな?」
「おん」
出来るだけ普段通りに、甘やかさないように。それが吉井さんの指示だ。早く食べたい伝さんと、早く食べさせてやりたいけど「待て」をさせないといけない俺。期待に満ちた目で俺を見上げる伝さん。
いーち、にぃ、さぁん、しぃ、ごぉ、ろぉく、しぃち、はぁち・・・ああ、もうダメだ。
「よし!」
へたれな俺が十を待たずにそう言うと同時に、伝さんは特大の餌いれに顔を突っ込んだ。
晩飯を済ませた伝さんの巨体に丁寧にブラシを掛けると、俺は後片付けをして吉井邸(っていうのがふさわしいよな、あの家)の庭を出た。
グレートデンは短毛だから、ブラッシングが楽でいい。気持ち良さそうにじっとしている伝さんの全身をもう一度チェックしてみたが、ヨリコ・パパを受け止めた時のダメージはやはりなさそうでほっとした。
「また明日な」と頭を撫でると、伝さんは寂しそうにすんすんと鼻を鳴らした。でっかい図体のくせして、甘えん坊で寂しん坊。上目遣いの濡れた目で、俺を篭絡しようと図る。ふっ、負けないぞ! ・・・明日は朝もう少し早目に来て、散歩に連れて行ってやるか。
さてと、次の仕事に行きがてら、一応ポリ袋に採っておいた伝さんのオシッコを獣医さんに預けておくことにしよう。見たところ異常はなさそうだけど、素人判断は禁物だ。
伝さん行きつけの獣医院は夕方の診療時間真っ最中だったが、受付で事情を話して尿の検査をお願いした。顔見知りの受付事務員は、検査の結果、もし異常があればすぐに俺の携帯に連絡をくれると請合ってくれた。これでひとまず安心だ。
何となくほっとしつつ、俺はその足で駅前のニコニコ学習塾に向かう。本日最後のお仕事、高田さんちの祐介くんのお迎えだ。この街で何でも屋を始めて数年。大切な子供の送り迎えを任せてもらえるくらいの信用を築いてきたことを、我ながら誇りに思う。