その年の<俺>のお盆 7
「おん!」
いいってことよ、とでも言うように、伝さんが一声吠えた。オトコマエだな、伝さん。
「あー、それで、怪我はないですか、水沢さん?」
ヨリコ・パパにそう訊ねつつ、俺は伝さんの全身をチェックした。預かりものの大切な飼い犬に怪我をさせたりしたら、旅行中の吉井さんに申しわけが立たない。巨体に傅くように、異常が無いか丁寧に確かめる。
最後に、大きな口をかぱっと開けさせて歯が欠けたりしていないのを確認すると、俺は伝さんの耳の後ろをぐりぐりと掻いてやった。気持ち良さそうにじっとしているのが温泉につかって寛いでいる人間のオヤジみたいで、知らず笑みが漏れる。
ヨリコ・パパは、その様子をものすごく心配そうに見つめていた。
「ん? 伝さんは大丈夫ですよ」
「本当ですか?」
ヨリコ・パパはそろっと伝さんの背中を撫でた。
「それならいいんですが・・・。襟首をくわえて引っ張ってくれた時、僕、勢いで伝ちゃんのからだの上に倒れ込んだんですよ。体勢的にちょうど横腹だったんじゃないかなぁ。お陰で、僕は擦り傷程度で済んだけど、伝ちゃんは大丈夫だったのか心配で」
伝ちゃん、痛くないかい? ヨリコ・パパはちょっと涙目で伝さんの顔を覗き込んでいる。
「あー、水沢さんは体重何キロくらいですか?」
「僕、夏バテで痩せちゃって、五十二キロないかもしれません」
見たところ、身長は百七十五を超えてそうなのに。軽い。軽すぎるぞヨリコ・パパ。まあ、今回はそれが幸いしたかな。
「そうですか。それくらいだったら、伝さんにはどうってことなかったみたいですよ。怪我もないし、腹を触っても痛がらないし・・・ 血尿が出なければ内臓にも問題はないと思います」
後で伝さんの尿を採取して、掛かりつけの獣医院に預けに行こうと俺は考えていた。念には念を、だ。少しでも異常があれば、即、診察してもらえるように。何かあってからでは遅いのだ。
血尿と聞いて、ヨリコ・パパは真っ青になっていたが、伝さんが本当に元気そうなので、少しは安心したらしかった。
それにしても、塀の崩れた家からはまだ誰も出てこない。ここの家の住民も、どこかに旅行にでも出かけているんだろうか。かなり広範囲に崩れているし、このままにしておくのも問題だろう。考えて、近所の交番からお巡りさんに来てもらうことにした。
携帯で警察に連絡を入れ、巡査が来るのを待っているあいだ、水沢親子は伝さんにすりすりすりすりしていた。・・・犬が怖かったんじゃないのか、ヨリコ・パパ。克服できたんならめでたいが。
助けてくれよ、というような目で情けなく俺を見上げる伝さんの頭を、俺は撫でてやった。
我慢してくれ、伝さん。もう少しの辛抱だ。