その年の<俺>のお盆 4
「ヨリコちゃん、伝さん苦しそうだよ。頭なでるかい? ほら」
俺は彼女の小さな身体を抱き上げて、もみじのような手が伝さんの頭をぐしゃぐしゃと撫でるのを手伝ってやった。お礼にか、伝さんが大きな桃色の舌で彼女の顔をべろんと舐めると、ヨリコちゃんはきゃーきゃー言いながら喜んでいる。
「ヨリコちゃん、ママは?」
この時間、公園ぐるぐるコースを通ると、買い物帰りの水沢母子とよく出会う。水沢母は最初、地獄の番犬のような伝さんの外見を恐れ、娘が近寄ろうとするのを必死で止めていたが、その穏やかで紳士な性格を知ってからは、彼女自身も伝さんのファンである。
「きょうはね、パパとおかいもの!」
またもや伝さんの首をぎゅうと締めつけながら、小さな女の子は答える。・・・伝さん、よく耐えているな。
砂糖菓子のような指が指し示す方を見やると、ヨリコちゃんのパパらしきまだ若い男性が棒のように立ち竦んでいる。愛想笑いを浮かべつつ、俺は彼に会釈した。妙な事件の多い今日この頃、幼女に手を出す変質者と思われては困る。
「こんばんは。ヨリコちゃんのお父さんですか?」
訊ねると、声もなくただ首をこくこくと上下させるのみ。彼は一体どうしたんだ? もしかして、いや、もしかしなくても。
「パパ、でんちゃんこわいって」
やっぱり。しかしまあ、気持ちは分かる。
「パパ、いぬがこわいんだって。ピピちゃんもこわいっていうの」
ピピちゃんとは、やはり散歩の時に出会うチワワ犬だ。あのいつもふるふる震えてるような小型犬が怖いなら、伝さんだと失禁ものだな。
俺は超大型犬にすりすり頬擦りをするヨリコちゃんと、彼女に何をされてもじっと耐えている伝さん、そして、それをこの世のものとは思えない、というような恐怖の表情で凝視しているヨリコ・パパを眺め、息をついた。
「あー、このグレートデン、伝輔号っていうんですが、きちんと訓練されているので大丈夫ですよ? 子供が好きだし」
でんちゃんとよりちゃん、なかよし~! と、幼い声が歌うように言った。
あ~、ヨリコ・パパ、固まってるよ。ん? 何かブツブツ呟いてる?
「なかよしって、なかよしって・・・」
小さく聞こえるその声は、震えている。
気持ちは分かるが、この伝さんの紳士ぶりを見てやってくれよ。あんたの娘が背中に乗っても、怒らずにじっとしているぞ? ・・・俺を見上げる目が困っているが。
「こらこらヨリコちゃん。伝さんはお馬さんじゃないからね。降りようね」
「や!」
「もー。伝さん、お座り!」
命令しつつ、幼女が転げ落ちないように脇の下に手を入れる。
伝さんが座るとずずーっと背中を伝い落ちる形になり、ヨリコちゃんは大はしゃぎだ。
「すべりだい~! もっと!」
「だめ。わがまま言ってると、伝さんに嫌われちゃうぞ?」
「やー! でんちゃんすきすき!」
「じゃ、頭撫でてあげて。今日はもうお家に帰ろうね。明日もまた散歩に来るからね」