その年の<俺>のお盆 1
小さな火が、焙烙の中でちりちりと燃えている。
今日は八月十三日。盆の入りだ。独り黙々と、俺は迎え火を焚く。
この煙に乗って、精霊が帰ってくるというけれど。
俺は風に散らされる白い煙をぼんやりと眺めた。今日は眩しいくらいの晴天だが、風が強い。焙烙の中身に点火するのも一苦労だった。何しろ、ここは谷間ビルの屋上。予想もしない方向から突風が吹きつけたりする。
うーん、こういう時はやっぱり百円ライターでは役不足か。某軍御用達のジッポなら、強風でも消えないというけど。でも俺、タバコ吸わないしな。
わざわざ迎え火用に専用ライターを買うのもなぁ。
最後の煙の名残が風に消えるのを見送り、俺は立ち上がった。あー、変にしゃがむと腰が痛いな。
「さて、行くか!」
景気づけにわざと元気な声を出してみる。ふと見上げると、刷毛で刷いたような薄い雲が浮かんでいた。上空でも風が強いのか、煙にも似たそれは、見る見るうちに形が変わって消えていく。
父と母、俺の双子の弟。
帰ってこれるのかな、俺のところに。ちゃんと迎え火に気づいてくれるだろうか。
立秋を過ぎた空は、残酷なほど激しく輝く真夏の太陽を抱いているにもかかわらず、どこか寂しい翳りがある。明るいのに、眩しいのに、もの悲しいような気持ちになるのは何故だろう。
はっ! いかんいかん。俺にシリアスは似合わない。
今日はこれから、吉井さんちの愛犬、グレートデンの伝輔号、略して伝さんの世話に行くのだ。吉井さん一家は、お盆休みを利用して南国・台湾に旅行中である。
餌と水をやって、犬小屋の掃除をし、体にブラシをかけてやる。伝さん、『バスカヴィル家の犬』もかくやとばかりの小牛ほどの大迫力大型犬だが、あれで意外に可愛い性格をしていて、俺にもよく懐いてくれている。
あんなにデカイのに、伝さんの一番の仲良しが近所の小山さんちの飼い犬、ポメラニアンのドンちゃんというのも彼のチャームポイント(?)のひとつだ。
散歩なんかで出会うと、でっかい伝さんが力を加減してドンちゃんと戯れる姿がなかなか微笑ましい。小山さんもにこにこしながら彼ら二匹の友情を見守っている。いい人だ。
俺はドンちゃんにも懐かれているので、たまにそっちの散歩も引き受ける。グレートデンとポメラニアンでは歩くペースが違うので、一緒に散歩させたことはないが、あいつらのあの仲の良さならけっこうイケルかも、とは思っている。いつかは試してみたいことのひとつだ。
何でも屋の俺は、お盆の時期にはこんなふうに飼い主旅行中のペットの世話を頼まれることが結構多い。報酬はわりとはずんでもらえるし、旅行のお土産ももらえるしで、俺的にはオイシイ仕事だ。
日が翳って暗くなってきたら、伝さんを散歩につれていく。その後は高田さんちの祐介くんの塾のお迎え。最近は物騒だからな。
あれこれ段取りを考えながら、俺はオガラの燃え尽きた焙烙を持って下に降りようとした。と、ん? 視界の隅に、何やら派手な色合いのものがはためいている?
「あ、俺のトランクス!」
思わず俺は叫んでいた。昨日洗濯物を取り入れた時に見当たらないと思ったら、あんなところに引っかかっている、風で飛ばされたんだな。
屋上の周囲を囲む簡易フェンスの向こうに、一度も使われたことのない看板設置用の足場がある。そのパイプ製の足場に、シュガーピンクのキティちゃん柄トランクスが引っかかっていた。
時系列でいうと、本編完結後、その年の8月のお話です。
大晦日から始めるお盆話…