翌年の師走頃の<俺> 轢き逃げ 5
ちょっと転んだだけでも、アスファルトの硬い凸凹は肌を裂く。血が出る。自分でうっかり転んだだけでもそうなるのに、自動車の走るスピードで引き摺っていくのだ。結果は考えなくても分かるだろう。
それとも、分からないんだろうか? 想像することも出来ないんだろうか?
服は一瞬で破れ、硬い凸凹はおろしがねのように皮膚を削り・・・被害者は、自分ではどうすることも出来ない力でただ引き摺られていくしかない。それは地獄の苦しみに匹敵する痛みと恐怖じゃないのか?
そこまで考えて、俺は元妻に申し訳なくなった。
俺がそんな目に遭ったんじゃないかって、彼女は心配してくれたんだな・・・
「ごめん」
俺は膝の上に手をついて、頭を下げた。足が捻挫じゃなかったら、土下座しても足りないくらいだと思う。
「心配かけて、ごめん」
申し訳なくて。でも、俺のことをこんなに心配してくれる三人の存在がありがたくて、うれしくて。頭を下げたままの俺は思わず涙を堪えきれなく・・・
「だいたい、ドンくさいんですよ、義兄さんは」
溜息混じりの智晴の声に、出かけた涙が引っ込んだ。
「預かった子供を咄嗟に庇ったのは上出来ですが、その拍子に足を捻るなんてね。腕もぶつけてるし。どうしてもっと上手く身をかわせなかったんです。普段の鍛え方が足りませんよ」
鍛え方って、智晴・・・
「反射神経、もっと身に付けてくださいね」
いや、ほら、俺だってもう若くないしさ・・・
「何言ってるんです。そんなのただの言い訳ですよ。肝心なのは普段の心構えです。道を歩いてるだけといっても、いつ車が突っ込んでくるか分からないんですからね。犬も歩けば棒に当たる、です」
俺は犬かよ!
「今日はパパのとこ、とまる~!」
とダダをこねるののかをなだめ(俺だってたまにはののかの寝顔を見たいけどさ、いくらエアコンが新しくなったとはいえ、冬にこんなコンクリ打ちっぱなしの部屋に寝かせて、風邪引かせたくないじゃないか)、俺は三人を送り出した。
といっても、「鍵は閉めますから」と智晴に言われたんで、座ったままだ。智晴には、何かあった時のために合鍵を預けてある。だから元妻とののかがここにいたんだ。二人をここに連れてきてから、俺を迎えに病院まで来てくれたんだろう。
「ふう・・・」
俺は無意識に大きく息をついていた。独りになってしまうと、慣れたはずの静けさがよそよそしいものに感じる。