翌年の師走頃の<俺> 轢き逃げ 4
ふたりとも、怒ってる・・・でも、心配の反動だということがよく分かる怒り方で・・・
俺は思わず泣けた。
「パパのばか!」
ののかがせいいっぱいに叫びながら、俺の腰に飛びついてきた。
「いつも車にちゅういしなさい、っていってるくせに。ばかばかばか。パパのばか!」
うわあああん、と泣き出す。
「ごめん。ののか。ごめんよ」
小さな頭を撫でながら、俺は掠れた声で謝った。声が出ない。甘い子供の匂いのする身体を抱きしめる。
「ごめんよ、パパが悪かった」
いつものように抱き上げようと身を屈めたとたん──
「うくっ」
忘れてたよ。俺、片足捻挫してたんだ。
「あーもう!」
元妻のあきれたような声。
「本当にバカねぇ。ののかも重たくなったなぁ、ってこのあいだ言ってたばかりじゃないの」
ここまで着いてきてくれた智晴も、何だか重いため息をついている。
──怪我人は早く座りなさい。
元妻にそう言われて、ぎこちなくソファに座った。智晴が支えてくれたんで、何とか転ばずに済んだのはいいが、尻がちょうどスプリングの硬いところに当たって、ごろごろする。
元妻はじっと俺を見つめている。俺は尻をもぞもぞさせた。うう。色んな意味で居心地が悪い・・・
視線で散々俺をびびらせてから、彼女は口を開いた。
「あのね」
「は、はい」
「こんなことで死んだりなんかしたら、許さないんだから」
「はい・・・」
「あなたはね、ののかの成人式も花嫁姿も、孫の顔だって見なくちゃいけないの。だから絶対死んじゃだめなのよ」
「・・・」
「あなたは、まだまだののかの養育費をあたしに支払わないといけないの。それに、ののかの小学校卒業祝い、中学校入学祝いに卒業祝い、高校も、大学も。成人祝いや結婚祝いだって、ちゃんとくれないといけないんだから。あなたは、あたしの可愛いののかの父親なんだから!」
・・・俺はもう、何も言えなかった。
だって、怒ったような彼女の瞳が、潤んでいたから・・・
「ひき逃げも、最近は非道なのが多いですからね」
ぽつり、と智晴が言う。
「非道でないひき逃げ、なんてありませんが、このところ、被害者を引き摺って何キロも走る、なんて事件が多いから・・・」
義兄さんが事故に遭ったと聞いた時、姉さん、真っ青になったんですよ、と元義兄は呟いた。
・・・そうだったな。ついこの間も人を引っ掛けて七百メートルほども引き摺ったヤツがいた。あれ、どうしてなんだろう? 被害者を巻き込んだまま走り続ける神経。俺には理解出来ない。