翌年の師走頃の<俺> 轢き逃げ 3
元義弟に怒られた。
地獄の底から聞こえてきそうな低い声で俺に声を掛けてきたのは、智晴だったんだ。誰だよ、こいつに知らせたのは!と内心で憤っていると(だって、恐いし・・・それに、未だに小姑みたいなんだよ。ん?男だから小舅か?)、それを見抜いたかのように、さらに怒られた。
「まったく。事故に遭ったなら遭ったで、どうして連絡してこないんですか。意識が無いとかならともかく、ぴんぴんしてるじゃないですか」
電話くらいかけられるでしょう。そう言ってむっすりと唇を結ぶ。
「いや、その・・・何で智晴が知ってるんだ?」
俺の質問に、智春はこめかみをぴくぴくさせた。こ、コワイ。
「某国経済の、Wの字に似た曲線を描く株の値動きを眺めてたら、<ウォッチャー>の、ああ、あなたとの関係では彼は<風見鶏>ですね。その<風見鶏>からメールが来たんです。<風>がひき逃げ事故に遭ったらしいよ、って」
――大した怪我はしてないようだけど、しばらく歩くのが大変だと思うから、迎えに行ってあげれば? <風見鶏>としては、<風>が止まると困るんだ。
そう書かれていたという。ううう、<風見鶏>め・・・
あ、<風>っていうのは俺のこと。<風見鶏>が勝手に決めた、俺と彼だけの間のハンドルネームだ。智晴には、また違うハンドルネームを名乗っているらしい。
元義弟の智春は腕利きのデイトレーダーで、<風見鶏>というのは、性別年齢不詳、正体不明の人物だ。本人は<ウォッチャー>と名乗っている。
<ウォッチャー>は、インターネットの海で膨大な情報を監視し、必要に応じて取捨選択したり、情報の流れを堰き止めたり、また、伏流水のように外からは見えなくしたり・・・よく分からないけど、情報、というものを常に見守っている存在らしい。
<風見鶏>の他にも<ウォッチャー>はいるらしいんだけど、俺は彼しか知らない。智晴あたりだと、他にも知ってそうだけど。
「さ、とにかくもう帰りますよ」
智晴はさっと松葉杖を渡してくれた。病院で借りたものより、軽くて持ちやすい。
「え? いつの間に?」
「僕がメールを読み終えた直後に、宅配便で届きました。<風見鶏>から、お見舞いだそうです。──ったく、あの情報の早さには脱帽ですよ。さすがは<ウォッチャー>というところですね」
どこか悔しげに、皮肉っぽく言う智晴。何だろう。仲悪いのか、こいつら。ん? 性格似てるかも? ってことは同族嫌悪?
智晴の車に乗せられて、自宅ビル(と言うと、聞こえがいいなぁ。友人優待価格?で借りてる、外装ナシでコンクリート打ちっぱのみすぼらしい物件だけど)に帰りつき、慣れない松葉杖でひーこらいいながら階段を上って、重たい鉄のドアを開け、ようよう事務所を兼ねた我が家に入ってみると。
元妻と、娘のののかがいた。