翌年の師走頃の<俺> 轢き逃げ 1
雨が冷たい。
濡れたアスファルトに押し付けた頬も冷たい。あー、頬擦りするならののかの柔らかいほっぺの方がいいなぁ。
「おじさん、だいじょうぶ? ねえ!」
あー、アキコちゃん、泣かないでいいから。君は悪くない。
吹っ飛んだ俺の傘の代わりに、アキコちゃんのピンクのあひるさん模様の黄色い傘が、降りしきる雨から俺の顔を守ってくれる。
「大丈夫だよ・・」
俺はゆっくりと起き上がった。イテテテテ。手の甲を擦りむいたかな。あとは、うーん・・・
「足いたいの? けがしたの?」
足首をさする俺に、アキコちゃんは涙でぐしゃぐしゃ。
そりゃまあ、痛いけど。この子を安心させてあげなくちゃなぁ。
「ちょっと挫いちゃったかな。でも、それだけだよ。そんなに痛くないよ」
とりあえず片足で立とうとして、つい「イテッ」と呻いてしまった。うわ。歩くのマズイ? どうしよう。早くアキコちゃんを家に送っていってあげたいし。まだ小学三年生。この子は身体も小さいし、風邪でも引かせちゃ大変だ。
アキコちゃんのそろばん塾のお迎えは、今日受けた依頼のひとつで、今日はこれで仕事が終わるはずだった。それなのに。
ひき逃げ事故に遭うとは、想定外もいいとこだ。
おのれ、あの白の大型車め。
交通量の少ない道とはいえ、いつまでも同じ場所にうずくまっていては危ない。取り敢えず道の端に移動した俺は、アキコちゃんをなだめながら心の中で歯噛みしていた。
俺たちはちゃんと道路の右側を歩いていたんだ。それに、ふたりとも夜間交通安全たすきを掛けていた(暗くなってからの子供の送り迎えの依頼用に、ちゃんと小人サイズのものを用意しているのだ)。なのに、あの車はこっちに突っ込んできて・・・
俺がとっさに傘を投げ出し、アキコちゃんを抱き寄せて身体をひねらなければ、多分ふたりともはねられていた。降りしきる雨ににじむ白いヘッドライト。忘れられない。
ナンバープレートの数字だって、きっちり覚えているぜ。
俺は携帯で警察に通報してから、アキコちゃんのパパの会社にも状況説明の連絡を入れた。ママは看護師さんで今日この時間は勤務だと聞いているから、携帯に掛けても繋がらないだろうし。
アキコちゃんのパパは、早退してすぐこちらに向かうと言ってくれた。残業より子供が大切だって。良かった。