ある年の<俺>の寒い日。 完結編
あれから、大変だったんだ。
隠しようもないほど薬物に侵された少年は、駆けつけた警察官たちを相手に、太腿の怪我もものともせずに大暴れ。結局さすまたで取り押さえられ、遅れて到着した救急車に収容されていった。
・・・両手両足胴体と怪我してない方の太腿をストレッチャーに拘束された姿は、狂人そのものだった。
俺と伝さん、本当に危なかったんだけど、それでも手遅れにならずに助かったのは、俺が携帯を掛けっ放しの状態にしてたから。
『実況中継、キツかったですよ』
駆けつけてくれた制服警官に言われた。彼は俺が助けを求めて連絡を取ろうとした派出所のお巡りさんだ。
『自分、ちょうど警邏中でね。この公園の近所にいたから間に合いましたけど、そうでなかったらね・・・』
派出所は二人勤務で、一人が警邏に出ている間、もう一人が待機する。その待機してた方のお巡りさんが、彼の無線に俺の携帯の音声をそのまま流していたんだそうだ。
まあ確かに、それ以外場所を特定する材料が無いもんなぁ。
『そのでっかい犬、伝さん、でしたっけ? 凄い唸り声は聞こえるし・・・ でも、この時間に犬と一緒ということは、多分散歩の仕事中なんだろうとあたりをつけたわけですよ。あなたの散歩コースはだいたい把握してますからね。警邏中によく顔を合わせますし』
俺みたいな仕事やってると、持つべきものはやっぱり顔見知りのお巡りさんだな。派出所の前通る時は、必ず挨拶していくようにしてるし。
『あと、背景の音ですね。車の音もしないし、土を蹴るような音がしたから、この公園かなって。そしたら、ビンゴでした』
ふう、と息をついたお巡りさん。彼が件の少年の注意を逸らせてくれたお陰で、俺は伝さんに怪我をさせずに済んだんだ。もう、心から「ありがとうございました」って深く頭を下げたよ。
そしたら、逆に感謝された。うっかりしてたけど、そういえば俺、乾燥大麻と大麻樹脂なんてものを見つけちまったから派出所に連絡入れようとしてたんだっけ。刃物持ったヤク中のガキに襲われかけたところで、すっかりと忘れてしまうとこだった。
『最近、大麻の事件がやたらに多いでしょう』
その言葉に俺は頷いた。ちょっと前にもあったよな、それなりに有名な女優が夫ともども検挙されたやつ。
『社会人、大学生だけじゃなしに、年々低年齢化してきて、大きな声じゃ言えませんが、うちと隣の市警管轄下では、中学生から小学生にまで・・・』
中学生でも驚きなのに、小学生って・・・マジ? てか、信じたくない。
思わず奇声を上げて硬直した俺に、お巡りさんは苦笑した。
『小学生は、まあ、声掛けられただけで済んだんです。「頭良くなる薬、いらないか?」って言われて怖くなって逃げたらしくて。本人は「そんな都合のいい薬、ゲームだったら絶対毒ってことだから」って言ってたらしいですけど』
賢い子ですよね、という言葉に、俺もうんうん頷いた。
『でまあ、その子に、声掛けてきたのはどんな人間だった?って聞いたら、「若い男で、うちのお兄ちゃんくらいだった」って言うんです。その子のお兄ちゃんは高校生なんで、十代半ばから二十歳前後のそれらしき少年を捜してたんですが、なかなか見つからなかったんですよ』
今回拘束した少年がその当人だとは限らないですが、と前置きして、
『うちと隣の市を中心に出回ってる大麻の場合、どうもね、大人の臭いがしなかったんです、背後に。学校の中で子供同士がやり取りしてるだけっていうか。だからよけいに捜査しにくくて』
もう、ス○バン刑事に頼もうかと思いましたよ、とボケてみせるお巡りさん。ははは・・・
『今回見つかったものは、あなたのご慧眼の通り、乾燥大麻と大麻樹脂でした。あれだけの量が一度に見つかったことで、この近隣の高校・中学校に出回る大麻に関して、例の少年が重要な情報を持っているのではないかというのが、現場の見解です』
でも、まだ捜査の段階なので、他言はしないでください。
いいですね?
そう念を押したお巡りさんの顔は、それまでの人の好さそうな表情が一瞬で消えて、・・・眼が全然笑っていなかった。
いや、そんなの、弟が警察官だったんだし、言われなくても分かってるてか誰にもいいませんよ、と心の中で叫びつつ、こくこくと頷くしかなかった。
『また改めて事情をお聴きしたいので、後で市警の方までお運びくださいね。名前を言ってもらったら分かるようになってますから』と言いながらにこやかに去っていく背中の向こう、伝さんが掘った穴の周りで、鑑識の人たちが忙しく立ち働いているのが見えた。
霜柱は、すっかり弛んでしまっていた。
また、はー、と息をついてしまう。歩きながら、伝さんが「大丈夫か、相棒?」というふうに、伺うように俺の顔を見上げてくる。
「なー、伝さん」
「うぉん?」
「多分、伝さんと俺、大麻発見で表彰されると思うから、その時は、俺の肩に前足乗せて、カッコ良くポーズ取ってくれないか?」
「おん!」
任せておけ、というように力強く伝さんが吠えてくれたので、俺は強ばってた背中をほぐし、元気を取り戻すことにしたのだった。
2010