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第10話  酔っ払ってもジンライム

2019年4月9日推敲。2003文字→2060文字 内容に変わりはありません。

奇妙な既視感。俺はぼんやりと<サンフィッシュ>店内を眺めていた。よく見ると、照明は青い光と白っぽい光の濃淡でできている。それがよけいにこの空間を幻想的に見せていた。


「いらっしゃいませ」


声を掛けられ、はっと我に返る。黒ベストに蝶ネクタイ姿の男がカウンターの向こうからこちらを見ていた。


「今日は待ち合わせですか?」


「え、いや……」


俺はふらふらとカウンターに近づいた。暖色系のフットライトがタイルの色をきれいに見せている。背の高い椅子は白の柔らかな素材で出来ていて、ふわりと俺の尻を受け止めてくれた。


「ご注文は?」


訊ねられて気後れするけど、こういう店ではだいたいコレを注文しておけば間違いないって、智晴にも聞いたことがある。


「あー、ジンライムを」


頷いて、バーテンはカクテルを作り始めた。


「今日はお連れ様はいらっしゃらないんですか?」


音も立てずにグラスを俺の前に置く。


「え?」


俺は営業用の笑みを浮かべるバーテンの顔を見つめた。


「俺、前にもここに来ました?」


俺の言葉に少し驚いたように目をみはったが、バーテンはすぐにまた微笑みを浮かべた。


「ええ。数日前に」


なんてことだ。高山葵の足跡をたどるはずが、知らない間につけていたらしい自分の足跡を見つけてしまった。この店に見覚えがあると思ったのは間違いではなかったのだ。


「それって、二十日の夜のことでしたか?」


バーテンはひょいと首をかしげ、頷いた。


「ええ。たしかそうだったと思います。あなたと、あとお二方。三人でいらっしゃいましたよ」


「その二人って、男と女?」


必死で何気なさを装い、俺は訊ねた。喉がごくりと鳴る。


「いえ。お二人とも男性でしたが」


バーテンの答えに、俺はなんとなく落胆した。じゃあ、あの女とはどこで出会ったんだ? しかし、男二人だとしたら、ひょっとすると……。


「その二人って、顔がそっくりじゃなかったですか? そう、双子のように」


「双子のようにそっくり?」


バーテンは不思議そうに言う。


「そんなことはなかったですよ。かなり年齢が離れていたようにお見受けしましたが」


なんだ。俺は何に対してか落胆した。その夜の俺の連れは、高山葵と、もしかしたら高山芙蓉だったんじゃないかと思ったのに。


「そのうちの一人はこの人じゃなかったですか?」


めげている場合ではない。俺は高山葵の写真をバーテンに見せた。


「ああ、そうですね。この方だと思います。でも、もうお一方のほうは違いますよ」


写真を俺に返して、バーテンはさっきまで磨いていたのだろうグラスをまた磨き始めた。俺はジンライムをぐっと一口あおった。美味い。彼の配合は俺の舌に合うんだろう。そうしょっちゅうここで飲めるような懐具合ではないから、よく味わっておこう。


前に智晴がジンと生ライム果汁で作ってくれたのも悪くはなかったが、プロの腕はやっぱり違う。


「えーと。俺の話しぶりで分かったと思いますけど、前回ここに着た時、かなり酔ってたみたいで全然覚えてないんですよ」


俺はグラスの水滴をカウンターの表面に広げてみた。天板ガラスの下のタイルは、よく見るとところどころ抜けていて、そこには綺麗な貝殻を並べてある。


「凝ってますね、このカウンターも。それなのに全然覚えてないなんて、我ながら情けない」


思わず乾いた笑いが漏れる。そこまで正体を無くしていたから、死体の隣で目覚めるような羽目になったのだ。


「でも、注文されたのはやはりジンライムでしたよ。嗜好は変わらないものです」


慰めなのか、それとも一般論なのか。バーテンは注文を受けたグレープフルーツのカクテルを作りながら静かに言う。


「あなたの作ったのは美味い。もう一杯もらえますか?」


気配もなく現れたボーイに出来上がったカシスグレープフルーツを渡すと、バーテンは俺の注文を受けて再びジンライムを手元に置いてくれた。空のグラスはいつの間にか片づけられている。


「その写真の若い男なんですが、もっと以前……そう、ひと月ほど前にもここに来たことがあるはずなんです。覚えていらっしゃいませんか?」


ひとしきり酒を味わい、気を取り直して俺は訊ねてみる。


「そうですね。職業柄、一度来られたお客様の顔は忘れませんから。その方は、何人かのグループで来られましたよ。学生コンパの何次会かという感じでした。……そういえば」


何かを思い出すように、バーテンはまた磨いていたグラスを見つめた。


「同じ日、その方とよく似た顔のお客様がいらっしゃいました。同じグループにいたのではなく、この店で偶然出会ったような……」


「それって、瓜二つなくらい似てませんでしたか?」


俺の問いに、バーテンは頷いた。


「双子の兄弟だと思いました。それくらい、似てましたよ」


「……」


俺は考え込んだ。高山葵は、行方不明だった兄の高山芙蓉をここで見つけというのだろうか? それなら何故、父親にそれを伝えなかったのだろう。


分からない。ソクラテスやプラトン、ニーチェかサルトルに聞いても「皆悩んで大きくなった」としか答えてくれないに違いない。俺は何故か、ニッカのウヰスキーが飲みたくなった


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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、<俺>はどこでも変わらない。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』<俺>の平和な日常。長短いろいろ。
『古美術雑貨取扱店 慈恩堂奇譚』古道具屋、慈恩堂がらみの、ちょっと不思議なお話。
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