翌年の<俺>の七夕 4
「蟹。女の人の横顔。うさぎの餅つき」
苦し紛れに、俺は言った。
脈絡の無さそうな言葉。
「何? それ」
不審そうに、洋一くん。
「カニとかお餅とか、おじさん、お腹がすいたの?」
不思議そうに、健太くん。
それには答えず、俺は続けた。
「吠えるライオン、ロバ、ワニ、本を読むおばあさん」
「あれー、それってなぞなぞ?」
健太くんは目を輝かせる。
「ねーねー、ヒントは?」
訊ねられ、俺はそれを洋一くんに振った。
「何だと思う?」
はぐらかされたと思ったのか、洋一くんはちょっと不機嫌だ。
「わかんない。どうせデタラメ言ってるんでしょ?」
そっぽを向いてしまった洋一くんに、内心で苦笑する。
「ヒント、教えてあげるよ。それは──」
「お月さまだよね!」
元気な声が答えた。ふと見ると、近くの欅の木の下に浴衣姿の男の子が立っていた。健太くんと同じくらいだろうか? 薄い草色の地に、赤い金魚の柄が可愛い。まだ明るいけれどそろそろ夕方だから、誰か大人に連れて来られたんだろう。
「そうだよ。よく知ってるね?」
俺はその子に微笑みかけた。男の子もにっこり笑う。
「月ではうさぎさんがお餅をついているっていうだろう? 満月の時、お月さまを見ると影がそんなふうに見えるよね。でも、よその国に行くとあの影がカニに見えたり、ライオンに見えたりするんだよ」
ね? と男の子に同意を求めると、可愛く頷いてくれた。
「それがどうかしたの?」
ああ、洋一くんはまだご機嫌斜めだ。唇を尖らせ、どこかへ走って行きそうな勢いだ。もうちょっと待て。俺の話を聞いてくれ。
「つまり、だ。国によって人によって、同じものでも違うように見えるってことだよ。月の影がうさぎだったりワニだったり本を読んでるおばあさんだったりしても、それは全然間違いじゃないんだ。天の川をミルキーウェイと呼ぼうとまた別の名前で呼ぼうと、夜空にぼんやり光って見えるあれが、変わるわけじゃないんだ」
「・・・」
洋一くんは考え込んでいる。
「薔薇は、どんな名前で呼んでも薔薇」