翌年の<俺>の七夕 3
「ゴールドラッシュっていうのはねぇ・・・」
あー、困った。どうしよう。大人の欲望にまみれた山師たちの話なんてしたくないしなぁ。犬も酷い目に遭ったし・・・
悩んでいると、後ろからまだ声変わりしていない男の子の声が答えた。
「アラスカで金の鉱脈が発見されて、みんなそこに殺到したんだよね。一攫千金を夢見て」
「あ、洋一兄ちゃん」
ありゃりゃ。
「それで、掘り出した金の鉱石混じりの土を川の水で篩いにかけて、金だけを取り出したんだよね。だから、金銀砂子なんでしょう? おじさん。あの歌は、労働者の歌なんだよね?」
労働歌というと、ソーラン節とか酒造りの杜氏の歌とか・・・ っていうか、日本の歌であるささのはさらさらがあの時代の金鉱掘りの男たちの歌のはずが無いだろう。だいたい、アラスカに笹の葉ってあるのか?
そんなことを知るはずもないだろう洋一くんは、にこにこしている。俺は言葉に詰まった。そっちへ行ったか、という感じだ。
実は俺は、彼がもっと皮肉で現実的で生々しいことを言うんじゃないかと思って焦っていたんだ。例えば、ささのはさらさらは、本当は拝金主義の歌なんだぜ、しょせんこの世は金だ! みたいな斜に構えたようなことを言うのかと。・・・俺の方が皮肉で現実的か。ああ、大人って汚れてる。
改めて洋一くんを見てみると、年のわりには落ち着いていて、大人びた感じだ。だからつい、ニヒルに世を拗ねた小学生なのかと警戒したんだが、何だよ、とても純真そうじゃないか。誰だ、こんないい子に変な解釈を教えたのは。
さらに純真な小学校低学年の健太くんは、えー、金って土の中にあるの? すごぉい! やっぱり洋一兄ちゃんは物知り博士だぁ、などときらきらした尊敬の眼差しで見つめている。あちゃー。どうするよ、俺。
頭ごなしに訂正するのは簡単だけど、子供を傷つけたくはない。とりあえず、探りを入れよう。うん。
「・・・へえ。詳しいね、洋一くん。本で読んだの?」
「ううん。ステイツにいた時、親戚の叔父さんが教えてくれたんだよ」
「アメリカにいたの?」
洋一くんは頷いた。
「父さんの仕事の関係で、小学校に上がる前まであっちにいたよ。でね、七月四日はアメリカの独立記念日でみんな大騒ぎして、七月七日には日本のお祭をやって向こうの友だちを招待したんだ。その時に母さんに教わって七夕の歌を歌ったんだけど、僕、意味が分からなくて。そしたら、遊びに来てた叔父さんが教えてくれたんだ」
誇らしげに語る笑顔が、眩しすぎる・・・!
俺は、顔も見たことのない洋一くんの叔父さんが嫌いになった。小学校前の無垢な子供に、面白半分で嘘っこを教えるんじゃねえ!
いやいや、冷静にならなくては。この子が悪いんじゃないし。
「織姫と彦星の話は知ってる?」
さりげなく、俺は訊ねてみた。
「えっと、ふたりがあんまりラブラブすぎて仕事しないから神さまに怒られて、一年に一度しかあわせてもらえなくなったんだよね?」
簡潔すぎるが、まあ、そういうことだ。俺は内心苦笑した。
「そうだね。洋一くんの言うとおり、神様に怒られた織姫と彦星は天の川の向こうとこちらに引き離されて、年に一度、七夕の夜だけ逢うことを許されることになったんだ。天の川は夜空でぼんやりと光っててきれいだろう? だからそれを金や銀の星の砂で出来ていていると考えて、歌では『金銀砂子』となってるんだよ」
俺はうろ覚えの知識を披露した。
「・・・叔父さん、僕に嘘を教えたのかな?」
ぽつりと呟く洋一くん。あああ、その通りなんだけど、そうだと答えたらこの子が傷ついてしまう。あー、もう、困った。
「いや、ゴールドラッシュでアラスカに行った人たちの見つけた金は、天に帰って天の川の砂になったんだよ、きっと。細かい金は、砂金、つまり、金の砂と言われているからね。アメリカではそうなんだよ、うん」
く、我ながら苦しい言い訳だ。
「アメリカでは、天の川のことはミルキーウェイって言うんだよ。あれは女神様のこぼしたミルクなんだって。砂じゃないよ」
洋一くんは上目遣いで責めて来る。うう、何でこの子の叔父さんの尻拭いを俺が・・・!
アラスカにも笹の葉に似たような植物はあるのでしょうか。




