第9話 葵とアオイ
2019年4月9日推敲。2141文字→2141文字 文字数変わりません&話の内容も変わりません。が、推敲しています。
「み、見た事があるって、どこで見たんだ?」
思わず舌がもつれそうになりながら、俺は智晴の肩をつかんでガクガクと揺さぶった。
「もー、乱暴はよし子さん」
智晴は嫌そうに眉をしかめる。
「つまんねー。どうせならもっと面白い事言え。で? どこで見たって?」
「ったく……」
軽く肩を揺すって俺の手を振り払い、智晴は偉そうに腕を組んだ。
「お笑い芸人じゃないんだから、面白いことは言えません。だいたい、それが人に物を訊ねる態度ですか?」
「悪かった。で、どこでこのピアスを見たって?」
しょうがない人ですね、あなたは、と智晴はぼやいたが俺は無視した。
「確か、アオイがつけてました」
「え、葵? 智晴、お前、高山葵を知っているのか?」
「高山? 知りませんね。アオイはアオイ。ただのアオイです。名前しか知りません」
「名前しか、って」
「どうせ偽名でしょうけど。ああいうところで本名は名乗らないと思います。クラブでね、一緒に飲んだ事があります。それだけ」
「クラブ? お前、そんなとこに出入りしてるのか? ちょっとトウが立ってやしないか?」
「クラブにもいろいろあるんですよ。それに、そこへ行ったのはつき合いです。僕はああいう騒々しいところは好みません」
「お前の好みなんかどうでもいいんだよ。その<アオイ>は、どっちのピアスをしてた? 水色か、赤か?」
自分で聞いてきたくせに、とぶつぶつ言いながら、智晴は俺の手の中のマンボウを見る。
「赤い石のついてる方でしたね」
赤い石のマンボウ。ということは、智晴が会ったのは高山葵ではなかったということか? 葵がいつもつけていたのは、水色の石のマンボウだ。
「おい、智晴。そのアオイはこの彼じゃなかったか?」
俺は高山から預かっている葵の写真を見せた。智晴が見たのは、もしかしたら行方不明の双子の芙蓉の方かもしれない。
「彼?」
智晴は不思議そうに言った。
「彼女ですよ、僕が会ったのは」
そして写真をじっと見つめる。
「そっくりですね、これ。でも、アオイは女性でしたよ」
俺は驚いた。思わず目がさまよってしまう。
「女性って、女ってことだよな……」
「何当たり前のこと言ってるんです。大丈夫ですか? 若年性の認知症じゃないでしょうね。ののかちゃんを悲しませないでくださいよ。脳のトレーニングでもしますか?」
「うるさいな! 俺は今悩んでるんだ!」
そっくりな双子のきょうだい。一卵性なら同じ性。男女の双子は二卵性でしかありえない。俺は智晴に出したはずのブリタの水を飲み干した。なんだか熱をもってきたような頭を、冷やしたかった。
「うう、暑い……」
俺は歩きながら呻いた。暑いとか寒いとか、言っても詮ないのに口に出してしまうのは何故だろう。言葉の溜息だろうか。って、どうしたんだ俺。ちょっと詩人?
バカなことを考えながら、俺は夜の訪れを待ちかねたようにネオンきらめく街の雑踏の中を歩いていた。遠くに観覧車が見える。
事務所から智晴を追い出すのは骨だった。何故アオイのことを聞くのかとか、マンボウのピアスがどうしたのかとか、根掘り葉掘りうるさいのなんの。だからってまさかあの日の話は出来ない。あの夏至の日の、真っ黒な髪、真っ白なドレス、真っ赤な血……。
そして、水色石のマンボウ。
世の中には同じ顔の人間が三人いるというけれど、高山葵と高山芙蓉、それに<アオイ>と俺の周囲にいきなり三人が揃ったことになる。となると、やはりあの死んでいた女は智晴がクラブで会った<アオイ>なのだろうか。
「……!」
俺は頭を掻きむしりたくなった。こんな人探し、引き受けなければ良かった。そうすれば俺が考えなくちゃならないのは一つだけ、つまり死んだ女のことだけだったはずだ。それだってイッパイイッパイなのに、女と似た顔の男と、もしかしたらその男の兄のことまで考えなければならないのだ。それに、あの妙な電話。
「天は我を見放したか……」
このあいだ観た、昔の映画のセリフを呟いてみる。
いや、見放されてなかったらリストラなんかされなかったよな、と自嘲する。自虐ボケの自虐ツッコミ。夜の街を歩く人々は皆楽しそうなのに、何考えてるんだ、俺。
いかん。ナーバスだ。
高山葵の大学の友人酒井田が、葵と彼そっくりの人間が話しているのを見たという店、<サンフィッシュ>が見えてきた。南欧風の外装が洒落た感じで、酒井田の言った通り、ウィンドウ・ディスプレイに観覧車の形のフォトフレームが飾ってある。
「……?」
俺は目を瞬いた。何かが記憶の底に引っかかる。首を傾げながらも、店がOPENなのを確かめてからドアを開けた。一歩踏み入れ、立ち尽くす。
<サンフィッシュ>店内は青い光で満たされ、まるで海の底のようだ。カウンターはタイルの上からガラスをのせてあるらしく、それが珊瑚礁のように見える。白やサーモンピンク、ところどころがオレンジ。色タイルの並べ方が絶妙だ。
テーブル席も天板にカウンターと同じようにタイルを貼ってガラスを被せてある。配色はテーブルによって違っているようだった。
時間が早いせいかまだそんなに人は入っていないが、それでもカウンターに二人、テーブルも三つくらい埋まっている。談笑する客たちは珊瑚礁に遊ぶ魚。そんなふうに見える、センスの良い内装。
あれ。
俺は思った。
俺、ここに来た事ないか?