㊙密の多い執事君。 50音順小説Part~ひ~
前回の話の前日譚みたいなものです。
視点は日和見君。
惹かれあったのかそれとも引き寄せられたのか僕は彼女と出逢った。
日和見日向 15歳 高校1年生は執事になった。いや、ならざるを得なかった。
前述の物言いでは語弊が生じる、正しく述べると執事は高校生になったのだ。
主はあの大財閥、HATENKOH COMPANYのご令嬢破天荒破魔子 16歳 高校2年生。
これからお話しするのは僕がどうして破魔子お嬢様に
お仕えすることになったのかその経緯を語ろうと思う。
あの人は名前通りの人で僕と主の出逢いも実に破天荒なものであった。
4月3日 火曜日 その日の朝はいつもと変わりなかった、
だからまさかあんなことが起こるなんて思ってもみなかった。
「おにいちゃーん。朝だよ、起きる時間だよ、ご飯出来てるよ。」
妹の向日葵がいつものように僕の肩を揺らし彼女の僕を起こす決まり文句を言う。
彼女がわざわざここまで起こしに来るのは五度呼びかけても応じなかった時だ。
「あ~もう少し寝かせてくれ・・・。」
「もう・・・、いつまで寝てるの!!
早く起きてくれないとこっちが片付かなくて困るんだから!!」
なかなか起きない僕についに向日葵が怒髪天を衝く、まぁこれも日常茶飯事だが。
「ごめん向日葵、今起きるから・・・。」
「ったく毎朝お兄ちゃんを起こす私の身にもなってよね。
そりゃあ未成年の子供二人だけでなんとか暮らしていけるのも
毎日お兄ちゃんが遅くまでバイトしてくれていたおかげなんだけど。」
そうなのだ、僕は15歳にして年齢詐称して水商売の仕事をしていた。
理由はいろいろとあるのだがまぁ一番大きいのが手っ取り早く
金が稼げるということだ。
幸か不幸か僕が13歳の中学一年、向日葵が小学二年の時に
パチンコに競馬と賭け事が大好きで借金ばかり作っていた両親が突然帰ってこなくなった、
僕はとうとうこの日が来たかと不思議なほど驚かなかった。
「昨日から新社会人になったんだから、一人で起きられるようになってほしいものだよ。」
僕に聞こえるか聞こえないかの声量で小言を並べる向日葵は
襖一枚隔てた台所へと戻っていった。
またまたそうなのだ、僕は4月2日月曜日から社会の荒波に飛び出した。
中学までは義務教育だからと一応は通ってきたがそれもバイトの片手間に行くようなもので
これといった思い出も記憶に残っていることも特にない。
ようやく卒業して就職もして安定した収入が得られる生活が手に入るかと思うと
この3年間がとても苦しい1095日間であったと今更ながら実感する。
昨日入社式を終え今日からは研修期間に入る、学校という教育機関とは違い
会社という組織は遅刻厳禁なのだ。
向日葵もそれを承知しているのかいつもはもう少し寝かせてくれるのだが
昨日から少し起こし方が荒くなった気がする。
寝ぼけ眼で顔を洗いゴミ捨て場にあった穴の開いているのを縫い直したスーツを
着用し慣れないネクタイを何とか結んで隣の間の朝食が並ぶ食卓に座る。
ほくほくの白米に温かい味噌汁、脂ののった鮭、小鉢にほうれん草の和え物と
典型的な日本の朝食が顔をそろえる。
金はかけられなくても人並みのものが食べられるのも向日葵が
こつこつ家計簿をつけ一生懸命節約してくれるおかげだ。
そのせいか向日葵はそろばんでの計算スピードが
小学生とは思えない程速いのだ。
向日葵が俺の前に一つの四角い包みを置く、それは昨日から新しく増えた荷物だ。
「はい、お弁当。」
「おーサンキュー。」
既に席に着いていた向日葵が渡した昼食用の弁当を鞄に詰め込む。
今までは給食で昼を賄っていたが会社ではそうはいかない。
食堂もあるのだがそんな余裕は当然の如く日和見家には存在しないため
妹が毎朝、食事に加え弁当を作らせる羽目になってしまった。
遊びたい盛りの小学生に負担をかけてしまっていることを面目ないと
負い目を感じながら愛情詰まった弁当を食べる時間は至福の時である。
「それじゃあ行ってくるよ。」
「行ってらっしゃい、今日も頑張ってね。」
途中まで向日葵と歩き十字路で立ち止まる、向日葵は右へ
僕はそのまま直進して会社への道を進んでいった。
今日もまた変わらない一日が始まろうとしていた――――――――――――――――
「日和見君、ちょっと。」
出社早々部長直々の呼び出しをくらい緊張が走る。
いったい部長がこんな新入社員に何の用があるというのだろうか。
部長の後をついていくと誰もいない会議室へ通され一通の封筒を手渡された。
「これは――――――――――――」
「昨夜、差出人不明の郵便物が私のもとに届いてね、もしこれが事実なら我が社にとって
非常に悪影響を及ぼす可能性が大いにある。そこらへんの事実確認を
ぜひ君にしてもらおうと思ってね。」
封筒の中には懐かしい両親の写真と彼らのこれまでの経歴、
借金のことまでこと細やかな詳細が書かれた用紙が入っていた。
紙を握る手に力が入る、これがガセネタばっかりだったらどんなに良かったか、
事実、このなかに書かれている情報はほとんどが真実であった。
一体誰が何の目的でこんなものを会社に送り付けたのだろう。
指先にそのまま怒りの力を込めてグシャリと紙を握りつぶす。
「で、どうなのだね。」
「ほ、本当の事です・・・。ですがこれは両親のしでかしたことであって
私とは何の関係もないことです、事実彼らとは二年以上顔をあわせておりませんっ。」
返答を聞きさらに頭を抱えている部長、僕の気持ちなど無関係に
額にかいた冷汗を拭きながら部長は無残にも決定を下す。
「悪いが君には志願退職として辞表を提出してもらうよ。」
「そんなっ、待ってください!」
「とにかく今日はもう帰りたまえ、まぁさすがに可哀想だから
とりあえず今月分は給料を払わせてもらうよ。」
必至に呼び止める僕を無視して部長はさっさと退出してしまった。
こうして僕はあっけなく弁明の余地なく解雇されてしまった。
何なんだろう、この気持ちは。入社二日目にしてリストラ、
無職で毎月毎月の生活も苦しい状況これをどう打開すればよいのだろうか、
妹に何といえばよいのだろうか。平日の昼間の公園にスーツ姿の男が一人、
ベンチに座って項垂れている図はまさしくクビにされた人間だ。
こんな漫画みたいな展開ってアリなのか、有りえない嘘だと言ってほしかった。
と、いつの間にか目の前に人の足が見える、僕の身体に誰かの影が重なった。
「――――――――なぁ、アンタ。あんたも行くところがないのかい?」
こんな人間にこんな話をするというのは僕と同類の人間か、
理不尽なリストラに遭う人がこんな近くにもいるなんて世の中は狭いななんてことを
思いながら僕は適当に相槌を打つ。
「まぁ、そんな感じです。職を失ってしまって・・・。」
「ならいい仕事がある。成功したら一気に金が入るんだ。
あんた、仲間にならねぇか。」
顔を上げようやく男の顔を見る、無精ひげを生やしてくたびれたジャージを着て
けれど目だけが爛々としている気味の悪い男。
「おっようやく顔上げたな、なんだまだ小僧じゃねぇか。」
「その仕事って何ですか。」
「まぁ簡単さ。船から届く積み荷をちょいと頂戴して闇市に売りさばくのよ。
ほかにも何人も仲間がいるし安心だ。どうよ、なかなかいい仕事だろ。」
男が耳打ちしにんまり顔で僕の方を見るとサァーと顔面から血の気が引くのを感じた。
「それって―――――――――犯罪じゃないですか・・・・・・。」
「こんな世の中だ、働く場所がない。生きるためにはなんだってしなくちゃいけない。」
「けどっ――――――――――」
「お前だって金が必要なんだろぉ。
だったらこんな汚れ仕事でもやるしかねぇんだよ。」
そういわれた時ふと頭によぎったのはただ一人の肉親、妹のことだった。
唯一の家族まだ小さい彼女を社会の荒波の中に一緒にほっぽりだすことなど僕には出来なかった。
向日葵の将来を僕のようなものにしてはいけない、それは兄としての義務だ、
僕は拳を固く握りしめ意を決して男に告げる。
「・・わかりました、僕にもその仕事紹介してください。」
「話が分かるじゃねぇか。じゃ早速今夜にでも――――」
それからするすると話は進んでいき僕はとある港に来ていた、とうとう決行する
もう後戻りはできない、前進あるのみ。
港は人気もなく波音も聞こえず不自然なほど静寂であった。
「おい、小僧。こっちだぞ。」
そんな静けさを破ったのはダミ声だった、背に掛けられた声の方へ振り向くと
それは昼間の男であった、マスクで顔面を覆っているがあの鋭い眼光でやつだと分かった。
男の後ろには同じような服装をした数人の男たちがいた、こいつらが仲間らしい。
「いいか、あれが今回の目標だ。なんてったって大企業の積み荷らしいからな。
相当いい品が入っているに決まっている。」
男が指差した方に目を向けるとコンテナを積んだ巨大な船が一艘、ほかの船なんかが
比べ物にならない程の荷を積んでいた。
「それであれがあの船から運び出された荷物の一部だ、今の時間帯のこの場所は
ほとんど人通りがねぇ。やるならいま、かつ迅速にだ。まっお前は最初だから
俺たちが盗んできた荷をあっちの車に詰め込むのを手伝え。」
少し離れた場所に清掃会社を装った車がひっそりと隠れるように停めてあった。
「んじゃあ、そろそろ作戦実行だ。」
男の声と同時に黒装束の集団はスピーディに行動していく、どうやら彼らは慣れているらしい。
僕はとりあえず小走りで車へと向かった二人の後を追いかけた。
「お前新入りなんだってな、というかまだ子供じゃないか。」
二人のうちの小太りの男がこちらを振り返った、顔はよく見えないが優しそうな顔だ。
「ええ、色々とありまして・・・。」
「おい、そんな話今することじゃねぇだろ。さっさと準備しろ。」
もう一人の痩身のいかにも凶悪そうな顔貌がこちらを睨みつけている。
「いいか、これはお遊びじゃないんだよ、ガキ。それを弁えて―――――」
「おい、やべぇ!サツだ!逃げろ、おいどけっ!!」
前方から慌ただしい悲鳴が聞こえると同時に人々は我先にと急速に後退してゆこうとする。
「クッソ、ガキどけっ!!」
「へっ?うっうわぁーーーーーー!!」
「確保ーーーーーーーーー!!」
何が何だか分からないまま押しつぶされながら蹴飛ばされながら
ほかの人たちが逃げているのをおどおどと見ていたらあっさりと
僕はあえなく突入してきた黒ずくめの男どもに捕まってしまった、その時間わずか一分三十秒。
抵抗する余地なく捕縛され護送車に乗せられた、が不思議なことに警察車両が
一台も見当たらなかったし警察官も一人も発見することが出来なかった。
少し冷静になった頭がこの現状の疑問点を挙げていく。
「パトカーがいない・・、警察官も・・・。」
「おい、捕虜は黙ってろ!このHATENKOH COMPANYに捕まったとなれば
もうお前の命はないも同然だな。」
僕を縛り上げて車に押し込んだ黒ずくめの男はそれだけ告げるとドアを閉じ鍵を閉めた。
「まだ警察に捕まっていればもっとましな人生が歩めたかもしれないのにな。」
「まぁあの天下のHATENKOH COMPANYに手を付けたのが運のツキだったな。」
車の外からはこれからの運命から目を背けたくなるようなことが聞こえてきた。
ほとほと自分の悪運には泣きたくなってしまう、これがまだ警察であったならどんなによかったものか。
だが僕が捕らえられた先は警察署ではないらしい。
縛り上げられると目隠しされたまま連行されてしまった。
数十分後何やらどこぞの空間に入れられ目隠しを外されると白い小部屋に押込められていた。
「僕、これからどうなるんだろ。もしかして島送りとか、ヤバイところに売られるとか・・・。」
頭の中でグルグルと悪い想像だけがよぎる、一体自分はどうされてしまうのだろうか。
と、部屋のすぐ横の通路からは慌ただしい足音2つと懇願するような声が聞こえてきた。
「―――社長、社長自らが例の少年に直に会わなくても――――――――――――」
「いいのよ。で、唯一捕まえた犯罪の片棒を担がされそうになったという
間抜けな奴はどこにいるのかしら。
警察に引き渡す前に少しでも情報を提供してもらわないと――――――」
通路の方から凛々しいよく通る声がして扉が開く。
煌めく瞳に長いまつ毛、きゅっとしまった口元、
赤茶色の豊かな巻き毛をたなびかせ彼女はそこに立っていた。
一目でわかった、あの子だと。
懐かしい女の子が美しく成長して僕の前に現れた約束を交わした少女。
素直に嬉しかった、彼女にまた出逢えたことが。
こんな状況においても彼女も同じ気持ちだと勝手に思い込んでいた。
それくらい彼女は僕にとって思い入れの強い女性であったのだ。
「・・・・・・なた・・・・・。」
「え・・・・・。」
彼女の唇から何か発せられたように聞こえたがそのささやきは僕の耳に届くことはなく
それっきり固く口を結びジッとこちらを凝視する。
沈黙を破ることを許さない凍てつく瞳は春なのに僕を氷漬けにしたかのように
一歩も一言も動くことも喋ることもできない。
「あなた、これからどうなされるおつもりなの。」
「え?」
「こんな犯罪に片足突っ込みかけているということはほかに働き口がないのでしょう。」
冷たく突き放す口調と氷のような眼差しで僕を見る少女はかつての女の子とは違っていた。
「それは・・・・・、新しい仕事を探して――――――――」
互いの再会を喜ぼうと思った矢先のことであったので
僕は他人行儀な彼女につられて声を固くして答えようとした。
だが言い終わらぬうちに彼女は結論を出した。
「そう、なら喜びなさい。早速仕事が見つかったわよ。」
「はい?」
「ちょうど新しい執事を探していたところなの、あなた私に雇われなさい。」
突然の採用通告、これは喜ばしいことなんだろうけども職業が執事というのが
僕には遠い世界の仕事に思えてピンとこなかった。
「しゃっ社長!!そいつは我が社の機密情報を盗もうとした一派とつるんでいた
犯罪者一歩手前の人間ですよ!」
「お黙りなさい、私の決定に異議を唱えるつもり?」
僕に向けられたのと同じ冷たい視線を容赦なく付き添う男に浴びせる、
男はそれっきり彼女に反論することなく悔しそうに唇を噛みしめ黙った。
「どうせ住む場所もその日の食事にも困るほどの貧しいのでしょう。
いいわ、破天荒邸で暮らすことを許します。
どうせ部屋なんて腐るほど余っているのですし。」
「そこまで貧困に喘いでないけど・・・・・・・。」
「早乙女?新しい執事を決めましたので今日から家に住み込むことになりましたから。」
彼女が素早く携帯電話を取り出し短縮ダイヤルにかけると一回目のコール音が
鳴り終わらないうちに相手が出たかと思うとすぐに用件を述べる。
通話口から聞こえる老齢の声は動揺しているのが明らかに窺えるが
聞く耳持たずといった感じでボタンを押すと無理やり通話を終了させた。
彼女は僕の返事もお構いなしにどんどん話を進める。
「けど、僕には妹もいまして―――――」
「一人や二人、十人や三十人増えたところで差し支えないわ。
用事が済み次第私は帰りますからその際あなたもついてきなさい。」
「はぁ・・・・・。」
「ところで―――名前は何というのかしら。」
身を翻し日向に背中のみを晒しているため彼女の顔は全く窺えない
だが物怖じしない彼女が何故名前を聞くことにためらいを感じたのか不思議であった、
と同時にやはり彼女は僕の事を覚えていないのだということを確信した。
それならそれでいい、なら僕はあの頃の僕としてではなくて執事として
彼女のそばにいよう、彼女を守ろうと決めた。
「僕は日和見日向と申します。」
「そう、日和見日向ね。私は破天荒破魔子、主人の名前をしっかりと心に刻んでおきなさい。」
こうして僕、日和見日向は晴れて破天荒破魔子の執事となったのだ。
それはもう十年も昔の事、ある雨の日の出来事。
彼女と初めて出会ったその日は彼女の両親の葬式だった。
火葬場の隣地にある土管の中で膝を抱えて小さい体をさらに小さくしている女の子。
僕のお気に入りの場所に先客がいたのが少し不愉快だったけど
少女の歯を食いしばって何かから抗っているような表情をみると
そんな気持ちはたちまち消え失せていた。
肩をわなわなと震わせ泣くのをぐっと堪えている
彼女にどうしても声をかけたくなってしまったのだ。
「泣かないの?」
「泣かない、わたし、もう泣いちゃいけないの。」
「でももしどうしても泣きたくなったらどうするの。」
「・・・泣かないもん。」
「ほんとう?」
「じゃあどうしろっていうのよ。」
「ぼくがいるときだけ泣けばいいよ。」
「・・・何いってるのよ。」
「そのひとの前だけで泣けるひと誰かひとりくらい作っておけば
つらい時もくるしい時もがんばれるんだって教えてもらった。」
「けどいつもいてくれるわけじゃないでしょ。」
「ずっときみのそばにいるよ、そしたら泣きたいときに泣けるよね。約束する。」
「それって・・・私とケッコンするってこと?」
「えっ!?」
「ずっと一緒ってことはケッコンすることだってお母様が言ってたもん。」
「え~・・・」
「約束、やぶる気?」
「う~ん、よし!男にニゴンはない!!」
「男ににごんはない?」
「つまり約束は守る、大きくなったらケッコンしようってこと。」
「そう・・・、じゃあ約束だから。」
約束そうポツリと言うと女の子はかすかに僕に向かって笑ってくれた。