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リアルファミリー3  作者: 冴木 昴
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「過去の亡霊―6」

再び、勇介に戻ります。

ようやく帰宅した彼に、またまた災難の予感が・・・

 自宅の和室に敷かれた布団に渚を転がすと、勇介は痺れている左腕を揉んだ。いつのまにこんなに重たくなったのか。市立総合病院の小児科で初めて渚に出会った。そのときは、まるで猫のように軽かったのに。

 渚は少々乱暴に転がされたにも関わらず、起きる気配がない。両手を万歳するみたいに挙げて、口を半開きに眠っているのを見ると、疲れているというのに、勇介の口元には自然と笑みが浮かんだ。


 歩は帰宅しておらず、家の中はシンとしている。電気を点けていないリビングは、夕闇が押し寄せて、その範囲を徐々に広げつつあった。


(ひとりで住んでいたら、いつもこんな感じなのかな……)


 職場では喧騒に包まれ、自宅は賑やか。そんな毎日にすっかり慣れたせいか、突然ぽつんと取り残されたような、どこかうら寂しい空気が室内を満たす。

 ソファに深く腰掛け、スーツのポケットから煙草を取り出したとき、玄関ドアが開く音が聞こえた。


 いつも出迎えてくれる歩の笑顔を思い出し、たまにはこちらがと、そんな気持ちで立ちあがる。煙草をポケットに戻しながら、廊下へと続くドアを押しあけた。

「おかえり。早かったじゃないか」

 明るく声をかけた瞬間、勇介の眉根がぐぐっと寄せられた。

 きつい香水のニオイが鼻をつく。


 玄関ドアを背にして、母親――北詰マキ子――が立っていた。


 父の葬儀以来だ。濃紺の生地にオレンジの大ぶりな花柄がプリントされたワンピースを着て、モデルのように背筋を伸ばす母は、相変わらず完璧だった。ただ、その派手な化粧や服は、3ヶ月前に夫を亡くした妻のいでたちには、とうてい見えなかったが。


「何の用だ」


 警戒するように発した自身の声は、ひどく低かった。母は片眉を上げ、無言で勇介を睨み上げた。たったそれだけの仕草なのに、不覚にも勇介は小さく一歩、あとずさっていた。……悲しき条件反射だ。

 彼の動きを見逃すはずがなく、母は当然の権利のように上がりこんで来る。その一歩を目にして、ふいに怒りがこみ上げて来た。

 自分の聖域を侵されたような気がした。


「勝手に上がるなっ……」


 怒鳴ったつもりだったが、語尾がかすれた。母は、「何をバカなことを」と言い、立ちふさがる勇介の胸を押しやろうとした。


「いきなり来るなんて、こっちにだって都合が……」

 言いかけた勇介の言葉は、母親のひと睨みで宙に掻き消えた。母・北詰マキ子は、背伸びをするようにぐっと胸を張り、ワイン色のマニキュアが塗られた人差し指を、勇介の鼻先に突きつけた。


「S大病院をクビになったと思えば、本人の携帯はつながらず、仕方なく市民病院に電話したらあちこちたらい回しの挙句に休暇中だと言われたわ。先日こちらに置いて行ったもの、受け取ったのでしょう? なのに、なぜ連絡を寄越さないの?」


 ひと言も言い訳ができないように理詰めで責めてくるときの母親は、かなり手ごわかったと、勇介の頭の中を、遠い過去の記憶がかすめる。


 あれは、まだ勇介が小学生のときだった。雨の中、ダンボールの中で震えている仔猫を四匹拾って帰宅した。それを見た母は、真っ青な顔で「捨ててきなさい」と言ったあと、寄生虫に関する話や動物とアレルギーについてのあれこれ、果ては猫を四匹も飼うにはいくらかかるかをざっと計算し、勇介のこづかいでは全然まかなえないことなどをこんこんと訴えたのだった。いつもヒステリックにわめく母が、低い声で淡々と話すのが怖くて、泣きながら言われたとおりに猫を手離したのを思い出した。


「私はきちんと手順を踏んだわ。無視したのは勇介さん、あなたよ」

 ふん、と鼻息を吐き、母はいくぶん穏やかな声で言った。

「母親が息子をわざわざ訪ねてきたんですよ。お茶の一杯も出すのが礼儀というものです。それとも、私が見てはいけないモノでもあるのかしら?」


 そのときだった。


 和室から物音がしたかと思うと、


「あーちゃん、あーちゃん」


 幼児の心細げな声がした。玄関での騒ぎに、渚が起きてしまったらしい。とっさに踵を返して和室に向かおうとした勇介は、背後からぐいっと上着の裾を引っ張られ、その場でたたらを踏む。振り向くと、すっかり血の気が失せた母親の顔があった。赤過ぎる唇がわなわなと震え、声をつむぐ。


「今のは、なに?」


「あ……」


 母の様子に、勇介は今、とんでもなく危機的な事態に陥っているのだと気づいた。

 困惑する母親をよそに、和室から幼い子どもの泣き声が絶えることなく響いてくる。歩を呼んでいた声が、「パーパー」に変わった瞬間、勇介は母親の切れ長の目が急角度でつりあがったのを見た。



やばいですね。

ようやく、真打ちの登場といったところか?

勇介にとって、もっとも苦手な相手が乗り込んできました。さて、どうする?

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