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リアルファミリー3  作者: 冴木 昴
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「過去の亡霊―4」

勇介は、休暇の日も、とても忙しいのです・・・

あれもこれもとやることが山積み。こんな人、けっこういますよね^^

 渚の通う保育園は、住宅街の中にある。近くには緑多い大きな公園があり、園児達のお散歩コースになっていると歩から聞いたことがある。勇介はその公園を目指して、午後の住宅街をぶらぶら歩く。さっきまで曇っていた空に晴れ間がのぞき、夏を思わせる青空が垣間見えた。


 せっかくの休暇を有効に使わなければと、S大病院を出たその足で、勇介は保育園にやってきた。たまには渚を迎えに行ってやろうと思ったのだ。保護者として名前を登録してあるくせに、勇介は今まで一度も渚の送り迎えをしたことが無かった。


(考えてみれば、ずっとあーちゃんに頼りっきりだったからな)


 先日歩は過呼吸の発作を起こした。どうやら、初めてではなさそうで、発作への対処の仕方も慣れた仕草だった。だが、それがかえって勇介に大きなショックを与えた。歩に一番近いところにいながら、しかも医者のくせに、まったく気づいていなかったのが情けなく、また悔しかった。

(あーちゃんが苦しんでいることに気付けなかった。家族だと言いながら、俺は何も見えてなかったんだ……)

 こんな自分が嫌になる。だが、悔しがってばかりもいられない。事は急を要するのだ。

 歩の心の器は、さまざまなストレスに耐えかねひび割れている。3年前の両親の死から始まって、最愛の姉の交通事故死。そして後見人だった勇介の父親の死までもが、歩に多くのストレスをもたらした。

歩の姉・鳴沢杏子は、勇介の父・北詰大介の愛人だった。勇介にとっても、歩との関係は微妙なものがあるが、それについて不快に思ったことは一度もない。だが、勇介の母親は歩を敵視した。父が息を引き取った際、歩と母が鉢合わせしてしまった。そのときの母の言葉にも、歩はひどく傷つけられたのだ。

心の傷は簡単には治せない。ならばせめて体の負担だけでも軽くすることはできないだろうかと考え、今日から渚の面倒をみようと、実行に移すことにしたのだが……


 勇介は今朝の出来事を思い返した。


 休暇なのに、歩よりも早く起きだしてリビングのカーテンを開けた。朝の陽射しがようやく室内に差してきたところだった。明け行く空が紫に見える頃に起き出すのは、勇介にとってけっこうつらい。同じような時刻の空を、徹夜明けで見ることのほうが、慣れもあるせいか、まだマシに感じる。

 リビングの物音に気付いたのか、和室の襖が細く開き、渚が這い出してきた。幼児全般に言えることかもしれないが、どうしてこんなに早起きなのかとうんざりするほどに目覚めが早い。まだ目覚まし時計が鳴っていないので、歩は眠っているらしかった。

渚はソファに座る勇介の姿を見つけてちょこちょこと寄って来た。小首をかしげ勇介をじっと見てから、渚は膝によじ登ってきた。そして、ちゃっかりと足の間に収まった。

(渚、可愛いじゃないか)

 そう思ってやわらかいクセ毛を撫でたとたんに――ブリッ

 太股の辺りに嫌な衝撃波が襲ったと思ったら、ものすごく臭くなった。

「おい、なんか出たのか?」

 いくらおむつを当てているとはいえ、朝っぱらから膝の上でウンチをされるとかなりブルーになる。つぶれてしまわないうちに、早くおむつを替えてやろうと脱がせると、ろくに尻も拭かせてくれないうちに、渚は逃げ出した。

「コラ、待ちなさい!」

 思わず大きな声を出してしまったせいで、歩が起きてきた。せっかく少しでも長く寝かせておいてやろうとしたのに失敗した。

「勇さん、おはよ。早いね」

 歩は眩しげに目をこすると、いつもの笑顔で言った。彼はリビングの様子を一瞥したのち、素早く渚の首根っこを捕まえたかと思うと、あっという間に尻をふき、おむつ替えを完了してしまったのだった。

(オレってホント、役に立たないな)

 ならばせめて送り迎えだけでもと考えている間に、歩はいつもの慌ただしさで3人分の朝食を準備し、渚の着替えを済ませ、渚と勇介二人の世話を焼きながら自分の弁当を作り、あっという間に渚をおぶって出て行ってしまったのだった。


勇介の早起きは、まったく無駄に終わった。


毎日笑顔で――少なくとも勇介が見た限りでは――まったく無理なく自然体で育児をこなしている歩のすごさを、あらためて実感した。

 きっと、こんな慌ただしい日常も、歩の心の器がいっぱいになってしまった一因かもしれない。


 勇介はため息を吐いた。

 歩の異変に気付けなかったのは、自分の失態だ。小さな異変を見逃さないためには、彼が普段どんな生活を送っているのか、もっときちんと見て、知っておく必要があるのではないかと、勇介は強く感じ始めていた。


 公園を囲む緑の向こうに、赤い尖塔を持つ保育園の建物が見えて来た。西洋のお城を模した外観で、クリーム色の壁には可愛らしい動物の絵が描かれている。

(歩と渚の普段の様子を、保育園の先生に聞いてみよう)

低い外壁に取り付けられた、木製の赤い門扉を押しあけて、勇介は中に入って行った。

 引き戸の玄関を開ける。対応に出て来た若い保育士の女性は、勇介の顔を見て一瞬ポカンとした表情になったが、すぐに警戒の色を滲ませた。

「どちらさまですか?」

「あの、北……じゃない、僕はその、な、渚の……」

 言いかけて、渚の苗字を度忘れしてしまった。いかにも怪しい人間という感じになってしまい、保育士の眼がきつくなる。すると、軽い足音がして幾人かの子どもが玄関先に出て来た。その中に渚の顔を見つけてホッとする。

「渚」

 声をかけると、渚はパッと表情を明るくした。

「パーパーパー」

「パー」を連呼し、にこにこしながら駆け寄ってくる渚を見て、保育士の女性が表情をゆるめた。

「ひょっとして、渚ちゃんの?」

 たぶん、「パパですか?」と続くのだろうが、なんとなく恥ずかしくて勇介はぺこりと頭を下げた。

 近くに寄って来た渚を抱き上げる。渚は両腕をいっぱいに広げて首にしがみついてきた。やはり、この姿はどう見ても親子だよなあ、などと考えていると、奥から初老の女性が出て来た。白髪混じりのパーマヘアがふくよかな顔を縁取っている。チェーンつきのメガネが上品で知的な印象だ。若い保育士が勇介のことを告げると、女性はにっこり笑った。

「北詰さんですよね。歩ちゃんからいつもお話はうかがっています。ようやくお会いできました。少し、よろしい?」

「は、はあ」

 勇介は渚を抱いたまま、またへこへことお辞儀をする。女性は「園長の石井です」と名乗った。歩はこの人にいつもどんな話をしているのだろうかと、勇介はそのことが気になった。


ようやく「保護者」としての自覚に目覚め始めた勇介。

手始めにチビスケのほうから手をつけようとしたのですが・・・なんだか空回り気味?

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