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リアルファミリー3  作者: 冴木 昴
39/41

「夏の宵夢―5」

あけましておめでとうございます。

今年もどうぞよろしくおねがいいたします。

 生徒たちの間をぬって校舎の正面玄関に入ったところで、勇介は背後から呼び止められた。

「あの、すみません。まだ時間前なんですが?」

 振り向くと、声をかけたのはひとりの男子生徒だった。勇介と同じくらい長身で、めくりあげたワイシャツの腕に『生徒会』の腕章をつけている。おそらく上級生だろうと思われるが、ダメ元で歩の名前を出してみると、彼の目が大きく見開かれた。

「ああ、一年生の実行委員長の鳴沢くんですよね?」

「はい……たぶん」

 彼の言葉に曖昧に返答する。クラスの実行委員だと思っていたのは勇介の思いこみで、実際は、歩はさらにその上に立つ実行委員長という役職らしいと気付く。


(うへ、思った以上にマズイことになってるんじゃないか?)


 歩のことを考えていると、

「彼ならたぶん生徒会室にいると思います。呼んで来ましょうか?」

 男子生徒が気さくにそう言ってくれた。

「すまないね。でも、どうして生徒会室に?」

 まさか、歩は生徒会までやっているのだろうか。だとしたら、知らないことが多すぎる。勇介の問いかけに、男子生徒は相変わらずにこやかに答えてくれる。

「夏祭りの運営は生徒中心なので、実行委員会と生徒会で協力して動いているのです」

 そして彼は、自分は生徒会長なのだと付け加えた。改めて彼を見てみれば、清潔感あふれる好青年と言う呼び方が似合う気がする。


「じゃあ、ここでお待ちください」

 そう言って校舎へと入ってゆく生徒会長を、別方向から走って来た数人の生徒が取り囲んだ。

「会長、大変ですっ。屋上の……が、……して……」「それで……なんですけどっ」

 声をひそめるようにしてしゃべる生徒たちの声は切れ切れだが、会長の顔がみるみる険しくなってゆく。

(トラブルか。生徒会長、大変だな)

 どこか遠い目をしつつ、自分の高校時代はどうだったかな、などと思い出していたとき、どこかで悲鳴が上がった。


 悲鳴の聞こえた方角で、何か騒ぎが起きているようだ。幾人もの声が喧騒となって膨れ上がる。どうやら今いる校舎の裏側らしい。

 会長とその取り巻きたちは一斉に声の方へと走り出す。勇介は、彼らの背中をぼんやり見送っていたが、騒ぎ声の中に「救急車」という言葉が混じっているのが聞こえ、ハッと我に返った。

(怪我人か?)

 気付いたときには、生徒会長たちを追って走り出していた。



 校舎を回り込むと、そこは中庭のようになっており、食販のテントや縁日をイメージさせる屋台などが並んでいた。その向こうに生徒たちが大勢群れ騒いでいる。泣き叫ぶ女子生徒の声も入り混じって混乱していた。

「三階あたりから落ちたらしいぞ」「マジで?」「ほら、提灯のコードが断線してさ……」

「落ちたのって、一年生?」「そうそう、実行委員の――」

 騒ぎの中から聞こえる情報の中、勇介は「一年生」さらには「実行委員」という単語に息を飲む。


「通してくれ! どけっ!」


 勇介は生徒たちを乱暴に押しのけつつ前に出る。人だかりの中央に大柄な男子生徒が倒れているのが目に飛び込んで来た。

 勇介は、ひと目見て歩でないことにホッとすると同時に、倒れている生徒の状況を見て取る。

(右足の腓骨、たぶん折れてる。角度的に、回旋がありそうだ)

「キミ、しっかりしてください!」

 ひと足先に到着した生徒会長が倒れた生徒の傍らに座りこんで声をかけると、うめき声が上がった。

「意識はあるようだな」

 そう言って、勇介は生徒会長の傍らに膝をついた。


 この人、誰? 的な囁きが広がり、周囲の生徒たちが一斉に注目するが、勇介は構わず倒れている生徒の頭部を確認する。

「出血は無いな。キミ、クラスと名前、言える?」

 怪我人は涙目でうなずきつつも、健気に質問に答える。

「頭は大丈夫だとは思うが、精密検査したほうがいい」

 立ち上がり、今度は足のほうへ回る。

「痛いと思うけど、右足、ちょっとさわらせてもらうよ」

 ズボンをめくりあげると怪我人はうめき声を上げた。触診で、見立て通りの腓骨(脛のあたりの骨のこと)骨折を確認する。幸いなことに折れた骨は内部に留まっているようだ。

(けど、やっぱり回旋があるな。救急車来る前に、戻しておくか)

 折れた骨が皮膚を破っていた場合は感染症の危険があるため触れないのが常識だが、今回のようなケースは骨を正しい位置に戻してやるのだ。特に折れてねじ曲がっていると、曲がったままくっついてしまうので……

「うん、痛いけど、戻そうか。そうしよう」

 ぶつぶつつぶやく勇介に、やっと我に返ったかのような様子で、生徒会長が声をかける。

「すみません、あなたはいったい……?」

 勇介は初めて周囲を見渡した。ものすごい数のギャラリーに囲まれている。その誰もがみな自分に注目しているようだ。


(こういうときって、何て言うんだっけ?)


 ふと、歩が良く見ているテレビドラマが頭に浮かんだ。若い熱血医師が活躍する人気ドラマだ。

『あなたは、いったい?』『名乗るほどの者じゃない。ぼくは、通りすがりの医者ですよ』

 と、こんな決め台詞だったような……?


「えっと、ぼくは……」


 言いかけたとき、怪我人のうめき声が聞こえ、勇介は意識を手元に戻す。

「ああ、ごめんね。すぐに済むから。生徒会長くん、ちょっと彼の左足、押さえてて。蹴られるといけないから」

「は、はい」

 決め台詞は後にして、勇介は怪我人の右足を抱えると、あっという間に骨の位置を戻してやった。

「これで固定して。……そうだな、全治一か月くらいかな」



 応急処置を終えたタイミングで、校門の方から救急車のサイレンが聞こえ始めた。ようやく教師が駆けつけて来て、再び周囲が動き出す。勇介は騒ぎに紛れるようにしてその場を離れた。――つもりだったが、突然、誰かが背中に抱きついて来た。

 驚いて振り向けば、

「勇さん!」

 歩が満面の笑顔で見上げていた。



 救急隊員や教師たちの邪魔にならないよう、中庭の奥へと移動しながら、歩は嬉しそうに勇介の腕をとる。

「すごい、かっこよかったよ!」

「見てたの?」

 歩は高速で幾度もうなずく。

「俺、友だちに勇さんのこと自慢しちゃった」

「え、何て?」

 歩が他人にどんなふうに自分のことを話しているのか、おおいに興味が湧く。

「えっと……」

 歩はちょっと口ごもったあと、上目づかいで言った。

「うちのお兄ちゃんは医者なんだよ、って」

 勇介は目を大きく見開き、次いでふっと笑みを浮かべた。

「そっか」

 そっけなく返したものの、内心では叫びだしたいほどに嬉しい。


(お兄ちゃんって、なんだよ。かわいすぎだろ。てか、おじさんじゃなくてよかった……)


 

 夏祭り会場の中庭は、先ほどの事故現場周辺に人だかりがある以外はまだ準備中で、生徒の姿もまばらだ。緑豊かな敷地内に、蝉の声がかまびすしい。

 勇介の腕にぶら下がるようにして歩を進める歩は、妙に機嫌がよさそうに見える。

(なんか、デートしてるような気分だな)

 妖しい心持になりかけたとき、歩が言った。

「勇さん、来てくれて、ありがと」

 その言葉で、勇介は元々の用事を思い出した。

「そうだ! あーちゃん、遅れちゃってごめんよ。渚、どうしてる?」

「ああ、そのことなら心配いらないよ。ちゃんと渚のこと、見てくれてる人がいるんだ」

「え、誰?」

「へへっ、内緒。でも、すぐに会わせてあげるね」

 にこっと笑うと、歩は

「じゃ、俺、準備があるから。勇さん、始まったら一年A組に来てね」

 そう言い置いて、校舎のほうへと戻って行った。 


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