表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リアルファミリー3  作者: 冴木 昴
31/41

外伝 「母―1」

こんにちは、冴木昴です。いつもお読み下さり、ありがとうございます!

このあたりで外伝として、歩視点の物語を何編か入れたいと思います。

勇介が居ない間、自宅マンションではちょっとした事件が起きている・・・?

 勇介との通話を切った歩は、急いで玄関へ向かった。来客を告げるチャイムは、尋常で無く嫌がらせのように連打されている。

(渚が起きたらどうするんだよ)

 さっき眠ったばかりの渚は、こんなに短時間で起こされたらきっと不機嫌になる。


 いや、それよりも……


(悪質な訪問販売の類いだったらどうしよう!)

 ドアを開けたとたんに靴の先をねじ込まれて、無理やり中に押し入られてしまうという、アレだ。

(いや待て、不審者ってことも……)

 歩は傘立てから傘を一本引き抜き、そっとドアの覗き穴に顔を寄せた。

 ドカン! という衝撃音が走り、鉄製の玄関ドアが振動した。

(なに? なんなの?)


 覗き穴の向こうに見えたのは、なんと勇介の母親・北詰マキ子だった。


「は? なんで、勇さんのお母さん?」

  間違いなく北詰マキ子だ。真っ赤なスーツを着て、黒いハンドバッグを提げているのだが、今まさに、そのハンドバッグが玄関ドアに叩きつけられた。

 ドカッ!

 歩の脳裏に、先日のことが蘇る。勇介と言い争いしていたマキ子は、なぜかいきなり歩の頬を平手打ちしたのだ。いまだに何故なのかよくわからない。

(気に入らないのはわかるけど、なぜあの流れで、俺にビンタ?)

 開けるのをためらっていると、再び激しくチャイムが連打された。


(うわ、やめて!)


 仕方なくそっと玄関ドアを開ける。

「あ、あの、勇さんのお母さん、こんにちは」

 顔を出したとたんに、前髪を鷲掴みにされ、歩は目を白黒させた。

「出るのが、遅い!」

 ずいっと顔を寄せられ、歩はひいっと小さな悲鳴を上げる。目を半眼にしてこちらを見据えるマキ子は、なぜかものすごく酒臭かった。

 マキ子は歩を押しのけるようにして中に入ってきた。蹴ちらすようにヒールを脱ぎ、ふらつく足取りでまっすぐリビングへ入って行く。歩は慌てて後を追う。足取りからも、激しく酔っぱらっているのは明白だ。


(え、なんで? マジで、どうなってるの?)


 裸足の足裏で水気を踏んで驚く。マキ子が散らした雨の雫だと思いあたり、歩は回れ右をして洗面所へ乾いたタオルを取りに行った。


 タオルを手にリビングへ行くと、北詰マキ子はソファに倒れ込んでいた。

「なんか、ものすごくデジャブ……」

 歩は額に手をやる。

 昨夜も酔った勇介が、今のマキ子とまったく同じ体勢でソファに倒れ込んでいたのだ。

「あの、お母さん、タオル使ってください」

 肩をつかんで揺すると、マキ子はむっくりと起き上がった。目の前に差し出されたタオルを受け取り、なぜか「ケイちゃん、ありがとね」と言った。歩の頭にハテナマークが飛ぶ。


(いや、俺、ケイちゃんじゃねーから。てか、ケイちゃん、誰?)


 ぼんやりとした顔つきでリビングを見回しているマキ子に、歩は恐る恐る尋ねる。

「あの、ここがどこだかわかりますか?」

「えっと……杏子さん?」

「は?」

 妙に可愛らしい仕草で首を傾げ、マキ子は唇の両端を吊り上げるようにして笑う。勇介とまったく同じ勘違いをした挙句に、その笑みはびっくりするぐらい勇介に瓜二つだ。いや、この場合、勇介のほうが似ているのか。

(デジャブだ! 顔も行動も言動も、酔っ払い加減も勘違い加減も! 完全にシンクロしてるよ。なんだこの母子は!)

 なんとも薄気味悪い心地がして、歩は思わず後ずさる。

 そのとき、リビングに面した和室の襖がカタカタ鳴ったと思うと、細く開いた隙間から渚が転がり出てきた。床に転げた渚の、その白い尻が丸出しになっている。

「あーちゃん、シーシ出た」

 渚は、小便で重たくなったオムツパンツを、まるで戦利品でもあるかのように、歩の方へ恭しく述べてよこす。

「ちょ、ちょっと待って、渚。それ、ばっちいから……」

 そちらに身体を向けた瞬間、今度は背後でマキ子がウッとうめき声を上げた。

「え、え、なに?」

 嫌な予感に再びソファのマキ子に向き直れば、受け取ったタオルを顔に当てて肩を震わせているではないか。

(ぎゃあ! この人、もしかして吐くのか?)

 その後の片付けをすぐに連想してしまい、さあっと血の気が引く。

(あっちもこっちも、ばっちいよお!)

 ビニール袋かバケツを求めてオロオロしている歩の尻に、渚が思い切りタックルしてきた。

「あーちゃん!」


「うわあ!」


 そのままソファのほう、マキ子の上へと倒れこむ。柔らかい感触と、香水の匂いに包まれる。

「ご、ごめんなさい、ごめんなさい!」

 慌てて身を起こそうとする歩の背中を、マキ子がぎゅっと抱きしめた。

「お願い、このままで」


「え?」


 マキ子の胸の辺りに顔を埋めた状態で、歩は動きを止めた。赤いスーツに包まれたマキ子の身体が震えている。歩の頭の上の方では、鼻をすする音がした。

(ひょっとして、泣いてる?)

 そっと上の方を伺い見ると、マキ子は涙を流していた。マスカラが流れ落ちて、頬に黒い縦線が走っている。マキ子の視線を追うように首を巡らせると、キョトンとした顔で突っ立っている渚がいた。

 マキ子が絞り出すようにして呟いた。

「杏子さんの、子ども……」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ