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リアルファミリー3  作者: 冴木 昴
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「疑惑―7」

 ようやくたどり着いた我が家は、しんと静まりかえっていた。

「さすがに寝てるよな……」

 ぽつりとつぶやき、勇介は注意しつつリビングのドアを押しあけた。電気のスイッチを入れ、フローリングの室内に踏み込めば、思いのほか足元がふらついており、ドア板の角に足の小指がぶつかった。「ギャン!」と短い悲鳴を上げ、そのまま呻きながらソファへと倒れ込む。

(あれ? なんか、目が回る……)

 さほど飲んだわけでもないのにと、勇介は痛む足を押さえながら天井をにらんだ。

 溶けそうな頭の中で、支倉の言葉が浮き沈みする。

 ――俺はマキ子さんが好きだ。今でもな。だけど、彼女は違った。たぶんアレだ、旦那への当てつけと、俺への同情ってやつ?

 ――勇介くん、キミだって悪いんだぜ。マキ子さんを一人にしたんだから。


(そんなこと、今さら言われてもなあ)


 支倉の話がマキ子の真実ならば、自分の夢をあっさりあきらめるくらいには、父のことが好きだった、ということになるわけだが、でもそれは結婚当初の話ではないのか?

 百歩譲って、母はずっと変わらず父を愛していたとしても、その父に頼まれたから?

だからって、父のためにわざわざ金を使い、接待なんて面倒くさいことをやるだろうか?

「いや、それは無い!」

 そこんところは断言できる。

男女のことは、他人にはわからないなどとよく言うが、あれだけ派手にやりあっているのを、勇介は実際に見ているのだ。

(そのせいで、俺は人間不信になって、マトモな交際もできず友人もいなくて……)


「はあ……」


 ため息をつけば、どっと疲れが押し寄せてきて、勇介はゆっくりと目を閉じた。



 ふわり……


 甘ったるい香りが鼻先をかすめる。キャラメルのような、ミルクのような。勇介は目を開けようと努めたが、瞼は重く、言う事を聞いてはくれない。

 目が開かないのなら、きっと夢を見ているのだろう。

(ああそっか、久しぶりに女性のいる店に行ったせいかな……?)

 うなじのあたりをまさぐられ、くすぐったさに首をすくめれば、誰かのつぶやきが聞こえた。

「うわ、ネクタイぐしゃぐしゃだし。濡れてるのにこんなのって、マジ、ありえない」

 ぶつぶつ呟く声は、くぐもっており、ぼんやりと遠い。

(誰だろう?)

 夢の中、必死に現実へ帰ろうと試みる。

 肩のあたりから背中にかけて、誰かの腕が回される感触に続き、ぎゅうと抱きかかえられた。甘い芳香が間近で香る。目を閉じていても、抱擁されていることがわかる。なんだか久しぶりの感覚だ。

(夢だから、いいよね?)

 まどろみの中、良い香りを放つ温もりへと甘えるように顔をすりつける。唇に触れる柔肌を吸い、ゆるく甘噛みした途端……

 

「ひゃんっ!」


 悲鳴と一緒にビクリと震えが伝わって、勇介はハッと目を開けた。

 ――え?

 蛍光灯の眩しい光を背に、愛らしい小顔が目の前にある。

「きょ、杏子さん?」

「は? 何寝ぼけてんだよっ!」

 怒鳴り声と共に荒っぽく放り出され、勇介の身体はソファに弾んでフローリングの床に落ちた。背中の痛みで一気に覚醒すれば、ジャケットを手にした歩が仁王立ちで見下ろしている。その顔はなぜか真っ赤だ。

「誰が杏子さんだよっ! てか、勇さん、酒臭い!」

 歩は首筋をおさえて勇介をにらみつけた。

「あーちゃん? あれ? その上着……」

「濡れたまま寝たらダメじゃん! 見ろ、しわくちゃだ。ズボンもひどいよ。掛けておくから早く脱いで!」

 ものすごい剣幕でまくし立てられ、あっという間にパンツ一丁にさせられた時点で、ようやく状況が飲み込めた。

(あーちゃん、さっき、濡れた上着を脱がせてくれたのか。それなのに……)

 首筋をおさえて赤面する歩を思い出し、勇介は頭を抱える。

「俺は、いったい何やってんだ」

 よりによって歩を杏子と誤認、挙句にセクハラなど、とんでもない。

「あ、でも、逆じゃなくてよかったか?」

 女性にセクハラするよりマシじゃね? などと自己弁護に走ろうとして、慌ててかぶりをふる。


 首を巡らせれば、壁の時計は午前二時を回っている。

 当の歩は真夜中とは思えない動きの良さで、勇介のズボンとジャケットをハンガーに吊るし、剥ぎ取ったシャツと靴下を洗濯機に放り込むと、あっという間に和室に引っ込んでしまった。

「あ、あーちゃん、待って!」

 ぴしゃりと閉まった和室から、ぐずる渚の声が聞こえてきて、勇介は襖にかけた手を引っ込めた。言い訳する間も無かった。

(しかしさっきの『ひゃんっ!』って何だよ! マジで、なんかなんか……可愛いじゃないか!)

 再び、頭を抱えてひとしきり懊悩。気づけば、まるで何事も無かったかのように、家全体が静まり返っている。

「シャワー浴びて寝よう」

 明日も仕事だ。いや、もうすでに今日だ。

 勇介は痛む頭をおさえつつ風呂場へ向かう。色んなことがあった日だったが、締めくくりがこれとは、なんとも惨めな気持ちだ。しかも、何も解決せず、ただ問題が増えただけだったのだから。


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