割り込み番外編4「歩~勇介を思う パート2」
連載再開したのに歩の出番がありませんので、ちょっと出しちゃいました^^
フラッシュが焚かれたように、カーテンの向こうで稲光が走った。鳴沢歩は手元の参考書を閉じると、ダイニングテーブルを離れ、窓辺に寄って行った。マンションの最上階に位置するこの部屋から見ると、横殴りの雨風も、まるで雲が流れるように住宅の上を這い、あるいは、煙らせて見えた。
「勇さん、まだかな」
昨日、勇介の部屋を掃除していたとき、本棚の隙間に医学部時代の学生証が落ちてはさまっているのを見つけた。手にとった歩は溜息に次いで、苦笑い。
(クラスにこんなヤツいたら、たぶんほとんどの男子が、意味なく落ち込むよな……)
添付の写真は今とたいして変わらない印象で、やはり勇介は昔から超絶美形だった。長めの前髪、そこからのぞく切れ長の目が意思の強さを表すかのように光の粒を閉じ込めている。すっと通った鼻筋から続く口元は固く引き結ばれ、若さと傲慢さが滲む。シャープな顎のラインは今と変わらないが、いまよりほんの少しだけほっそりした首筋が、なんとも中性的で色っぽい。
「これって、勇さんがS大医学部に入学した時の顔だよな……」
ということは、今の歩より三つ上ということだが、ずいぶんと大人っぽい。
「あと三年で、俺も勇さんみたいに大人っぽく成長するかな」
歩は自分の顔に手をやる。滑らかな肌にぷにぷにの頬肉。渚の顔を触っているのと大差なく感じ、歩は小さくため息をついた。
学生証を机の中にでも入れておこうとしたとき、ふと生年月日に目が留まった。
「あ! もうすぐ勇さん、誕生日じゃん! 日ごろの感謝をこめて、何かプレゼントしなくちゃ!」
自分の考えに大きくうなずいたものの……
「あれ?」
彼の趣味がわからない。
(じゃあ、好きな食べ物とか?)
思い返すが、勇介は歩が作った食事はどれも美味しいと言い、残すことは無かった。
(じゃあ、じゃあ、嗜好品?)
彼は喫煙者だが、ヘビースモーカーというわけでもない。赤ん坊の渚に気を使ってか、喫煙するときは必ずバルコニーに出て吸う。酒に関しても、職業柄呼び出しがあるせいで、家ではほとんど飲まない。たまに飲んでも、缶ビール1本程度にしている様子だったと記憶している。
「まあ、俺は未成年だからな。どうせ煙草も酒も売ってもらえねぇし」
ならば、いったい何がいいのだろう?
同居を始めてから、もう三ヶ月以上経っているのに、勇介の好みがわからない。そもそも、彼個人の楽しみとか、何に興味があるとか、そういったのを何も知らないことに歩は愕然とした。
「ウソだろ……」
他愛ない会話は交わすものの、日々の生活に追われ、肝心な勇介自身のことが何もわかっていないのは、家族としていかがなものかと思う。
歩は本棚へと目を向けた。ずらりと並ぶのは医学書ばかりで、趣味のものは見当たらない。勝手に人の部屋の中を物色するのはマナー違反だとわかっていたが、この際だからとクローゼットを開けたとたん、まるめた衣服がなだれ落ちてきた。
(忘れてた……。勇さんって、こういうところ、あったよな)
歩は落ちてきた衣服を畳み直しながら苦笑する。勇介は、見えるところ以外はあまり頓着しない性質のようだということは、このマンションに引っ越しして来たとき知ったのだ。がらんとした室内とは対照的に、ロフトやクローゼットはまるで物置のようにいろんな物が詰め込まれていたからだ。
「勇さんが見た目に反して案外『だらしな』だってこととか、そんな、どーでもいいことはわかってるんだけどなあ……」
結局、昨日の捜索では、勇介の部屋にプレゼントの手掛かりは見つからなかった。
(欲しいもの、直接聞くか?)
そう考えて、いやいやいや! とかぶりを振る。やはり、こういうのはサプライズがお約束だろう。ならば、何とか勇介と接する機会を増やし、誕生日までにさりげなく彼の好みをリサーチしなくては。
歩は額を窓ガラスに当てた。ひんやりとした感触の向こうで吹き荒れる嵐。その合い間をぬって、遠雷が聞こえてくる。
「勇さん、早く帰ってこないかな……」
つぶやきは、リビングの静けさにたゆたい、ほろほろと溶けて行った。




