割り込み番外編3「歩~勇介を思う」
ハイタッチで勇介を見送った歩。
その胸の内は……
歩視点の番外編パート3
勇介の運転する白いレクサスが遠ざかって行った。運転席の窓を閉めるときにチラリと見えた横顔は、もう北詰医師の顔だった。呼び出しがあれば、勇介はすぐに病院へ飛んでいく。患者のためにプライベートをけずり、睡眠さえもけずり、駆けつける。そうやって、何人の人間を救ってきたのだろう。逆に、救えなかった命もあるはずだ。
人は、簡単に死ぬ。
杏子も両親も、事故であっさりと亡くなった。なんの言葉もなく、ある日突然、骸となって自分の前に横たえられていた。
そう、人はあっけなく死ぬのだ。
勇介が呼び出しを受けて、慌てて病院へと向かう姿を見るたびに、歩は思う。
――勇さんが居ても居なくても、死ぬ人は死ぬんじゃないのか?
歩は渚の手を引いてマンションのエントランスへ向かう。
「あーちゃん、だ~、だ、だ」
渚が腰を落として見上げてくる。この抵抗の仕方は抱っこを要求しているのだとわかっているが、歩は無視した。
ひどく疲れていた。
エレベーターを待ちながら、勇介のことを考える。
進路調査書を見ても、勇介は何も意見しなかった。なぜ就職なのかと、当然のように聞かれると思っていたのに。無理矢理に進学を勧められたら、つっぱねようと決めていた。だけど、彼はそんなことはひと言も言わなかった。ただ……
――僕ではダメかな? 杏子さんの代わりにはならない?
優しく聞こえる勇介の声音に、ちょっとだけ怒りが感じられたのは気のせいではないだろう。けれどそれって……
怒るのは、本気の証?
エレベーターの扉が開く。無人の箱に、渚が嬉々として駆け込む。
「姉ちゃんの代わりなんて……」
歩は胸元の紙袋を抱きしめて、ごく小さな声でつぶやく。
もし、何事も無く神戸に着き、杏子の遺骨を納め終えていたら、自分はそのあとどうしていただろうか。勇介の母に拒絶され、彼に迷惑をかけてまで、また、ここへ帰ってくることができただろうか。
――ここが、キミたちの居場所なんだよ。
勇介の言葉が沁みる。なんで、そんなふうに言えるんだろう。自分と渚はどう見てもただのお荷物なのに。
エレベーターが最上階で止まった。カバンから鍵を取り出して、鉄製の玄関ドアの前に立つ。蛍光灯の光に照らされたその扉が、とても懐かしく感じられた。
――勇さんは、勇さんだ。姉ちゃんの代わりなんかじゃ、ない。
自分にとって、かけがえのない存在に、もう、彼はなっている。勇介が、二人に居場所をくれた。
だからこそ、悔しい。
自分は、庇護される存在でしかないということが、悔しくてたまらない。
けど、ただ働けば、それでいいというものでもない。高卒で就職したとしても、自分ひとりだってやっていけるかどうかわからないのだ。ましてや渚の面倒など、時間的にも経済的にも見れるわけがない。そんなことぐらい、わかっている。だからこそ、苦しい。苦しいから、逃げ出したくなるのだ。わかっている。わかっているけど……じゃあ
どうすればいい? どうすれば、勇さんに認めてもらえる?
ドアを開けると、玄関照明が自動で点灯した。荷物を下してふと横を見れば、なんとかひとりで靴を脱ごうとして座り込んでいる渚が居た。その頭を撫でて、問いかけてみる。
「ねえ渚、どうすればいい?」
渚はちらりと歩の顔を見たが、また靴のかかとをいじり始めた。買ったばかりの靴だから、甲の部分のマジックテープを外すということが、すぐにはわからないのだろう。それでも、懸命に脱ごうとするのを見て、歩はフッと笑みを浮かべる。
「お前に、わかるわけないよな。それに……」
どうすればいい、なんて、誰かに尋ねるべきじゃない。
歩はポケットに手を入れ、折りたたまれた進路調査書を取りだした。畳んだままのそれをじっと見つめる。
警察署で、勇介はひとりの男性を助けた。みながおろおろする中、その姿は毅然としていた。彼の介抱で息を吹き返した男性は、まるで死人が蘇ったかのように、歩の目に映った。
苦しんだ挙句に痙攣して、そして動かなくなったあの男性が生き返ったのは、けっして奇跡ではなかった。
人は、簡単に死ぬと思っていた。でも、実際に目の当たりにしてみて思う。
人は、助けられるのかもしれない。
自分にも人を助けることができるのだろうか。――勇介のように。
(勇さんと、肩を並べられる日が来たら、そうしたら……)
この胸の中にある重たいものも、すうっと消えるのだろうか。
ちょっとだけ、歩の胸中をのぞいてみました。
高校一年生男子、多感な年ごろです。精神的にも肉体的にも子供と大人の狭間にある時期。だからこそ、なんでも上手に隠そうとするくせに、やたらと傷つきやすい。とてもやっかい。でも、その不器用な純粋さが愛おしくて……
勇介でなくてもきっと、放っておけないですよね。




