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リアルファミリー3  作者: 冴木 昴
18/41

「絆―8」

歩の三者面談に臨む勇介。

就職を希望する歩の本心は?

 放課後の校舎内はひと気もなく静かだ。一年A組の教室は、校舎二階の一番端にあった。教室の扉を開けると、教卓に向かっていた白いジャージ姿の男性教諭が顔を上げた。


「松本先生」


 歩の声に、先生はこちらを見て、驚いたような表情になった。


 挨拶を済ませると、勇介と歩は並んで先生と向き合った。なんだかとても緊張する。隣の歩も落ちつかない様子で、しきりに茶髪頭を撫でつけている。先生は、勇介の腕の中で寝ている渚をちらりと見るが、何も言わなかった。担任ならば、たぶん歩の事情を知っているのだろう。

「今日はお忙しいところ、ありがとうございます」と言いながら、先生が一枚の紙を差し出した。歩の進路調査書だった。手にとって、勇介は眉をひそめる。

 就職希望となっている。

 他人の世話になりたくないと、歩は以前からよく口にしていたから、これは勇介の想定内である。


 でも……


「あの、求人はあるのですか?」

 尋ねると、先生はかぶりを振る。


 そうだろうな、と思う。


 元々就職を希望しているなら、商業高校や工業高校、または自分の進みたい方面の専門学校へ行けばよい。進学校である成林高校を選んだ時点では、歩は当然進学を目指していたはずだ。黙り込む勇介と口を閉ざしたままの歩に、先生は言う。

「求人はありませんが、過去に就職した生徒はいます。公務員試験を受けて公務員になったケース、家業を継ぐために進学しなかったケース、学費の関係で先に就職して、働きながら進学を目指すケース。でも、鳴沢くんは、ただ闇雲に就職したい、どこでもいいから働きたい、と言って来たんです。進路指導の方面からは、これはちょっと納得できません。その辺のことを一度保護者の方を交えてお話ししたいと……」

 進学を目指していた歩が、急に就職に変わったのは、おそらく杏子が亡くなったからだとわかる。だが、今はさらに事情が違う。


(そのために、僕がいるんじゃないか!)


 叫びだしたいのを懸命にこらえ、勇介は静かに問う。

「僕では、ダメかな? 杏子さんの代わりにはならない?」 

 隣に座っている歩をじっと見る。その横顔がヒクリと引きつったように見えた。

 勇介は言葉を重ねる。

「この学校に入ったとき、この先、何かやりたいことがあったはずだよね? 杏子さんが亡くなって、それが狂ったとしても、……今は僕がいる」

「勇さん……」

 歩がこちらを向く。目が合う。


「キミのために僕がいる。……認めてくれなくても構わないけど、僕はそのつもりだから」


 二人の様子を見て、先生が口を開いた。

「やっぱり保護者の方と相談していなかったんだな」

 大人二人に見つめられ、歩はふてくされたように勇介の手から進路調査の紙をひったくった。

「今度出します」

 ぼそりと言って、歩は立ち上がった。

「鳴沢、おまえ、成績悪くないんだから。もっとちゃんと考えろよ」

 先生が言うのを聞き、勇介は「ほう」と思う。自分が褒められるより、何倍も嬉しかった。


 車に戻ると病院から連絡が入っていた。院長から泣きごとのメッセージだった。勇介は歩と渚をマンションまで送り届け、そのまま病院へと戻ることにした。

 マンション前で二人を降ろして車を出そうとすると、渚を抱いた歩が丁寧に頭を下げた。

 勇介は慌ててサイドブレーキを引く。運転席の窓を開け、声をかけた。


「あーちゃん、そんなふうにするなよ」

「え?」

 歩は首をかしげる。


 母にきちんと話をすると言ったのに、後回しにしたのは勇介の落ち度だ。そのせいで歩を傷つけた。それに、歩が進路のことを言わなかったのは、こちらがいっぱいいっぱいなことを察したからだろう。全部自分に発端があるように勇介には思えた。


「僕もがんばるから……。だから、堂々としてて欲しい。ここが、キミたちの居場所なんだよ」


 歩は一瞬きょとんとしたあと、フッと笑って手を出した。

「なに? 握手?」

 眉根を寄せる勇介に、歩はあきれたように言う。

「違うよ、ハイタッチ。この前教えたじゃん。もう忘れた?」

 歩の手と渚の小さな手、それぞれ一回ずつ手を合わせ、「行ってらっしゃい」の声に送られて勇介は病院へ向かう。


 なんとも慌ただしいが、不思議とすがすがしい気持ちだった。




雨降って地固まる。

勇介ママのもたらした嵐はとりあえず収まったようです。

勇介が子育て宣言したことだし、この先は、ほのぼのモード全開でがんばりましょう!!


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