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リアルファミリー3  作者: 冴木 昴
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「絆―6」

 歩が自ら態度を軟化させたことと、先ほどの人助けが功を奏し、勇介の虐待疑惑はなんとか晴れたようだった。書類記入などの簡単な手続きの後、歩と渚は無事勇介の元に帰された。

 最後に担当の婦警からひとことだけ、

「おうちでじゅうぶん話し合いを持ってくださいね」と釘を刺されはしたが。


 渚は勇介の顔を見ると、歩の腕を離れてよちよちと歩み寄ってきた。脇の下に手を入れて、すくうように抱き上げる。渚は黒目がちの瞳で見つめた後、小さな手を勇介のアゴのあたりに伸ばしてきた。

「パーパ、チクチク、ね?」

 昨夜の急な呼び出しから朝がたまでの修羅場、そのあとの歩の事件。バタバタしていて髭を剃ることも忘れていたな、と思い出した。

 楽しげに勇介の顔を撫でまわす渚がなんだかとても愛しくてぎゅうっと抱きしめた。抵抗する渚にわざと顔をこすりつけると、

「チクチク、いやー」と言いながら、きゃっきゃと笑う。

 どうしてもと歩が望むなら、この先同居の解消も仕方がないかもしれないと考えていたけれど、やはりこの温もりを手放すのはつらい。

 視線を感じて傍らに目を向けると、歩がじっとこちらを見上げていた。勇介は笑みを向けたが、歩はどこかいじけたように目を逸らした。


 歩きだしても、歩はずっと黙ったままだ。ボストンバッグを肩にかけ、大きな紙袋を胸元に抱えて、勇介の後ろから付いてくる。警察署の駐車場に止めた車で、彼の荷物をトランクに積み込もうと、勇介が紙袋に手を伸ばしたときだった。


「さわらないで!」


 大きな声で拒絶されて、勇介は思わず手を引く。歩も、自分の声の大きさに驚いている様子で、

「あ、俺……ごめんなさい」

 と、ぎこちなく目を伏せた。


 渚をチャイルドシートに乗せ、勇介が運転席につくと、後部座席に座った歩が声をかけてきた。

「勇さん、仕事は? 今夜、当直じゃなかった?」

 どうやら歩は勇介のスケジュールをしっかり把握しているらしい。さすがだなと思う。

「大丈夫だよ。医者は他にもいるからね。当直の時間までに戻ればいい」

 本当は、一刻も早く戻らなければならないのだが、それは医師としての北詰勇介の都合だ。今の勇介は、何よりも歩と話しあう必要がある。なぜ、黙って出て行ったのか。どこへ行くつもりだったのか。そして、一番聞きたいこと――なぜ、拒絶されたのか。


「姉ちゃんをさ、墓に入れようと思ったんだ」


「え?」


 唐突に話し出す歩を、勇介はバックミラー越しに見る。大きな紙袋を大事そうに抱えている。

(あれは、遺骨?)

 うつむく歩の表情は見えない。

「両親の墓が神戸にあるんだ。六甲の近くの寺なんだけど。そこに連絡したら、入れてくれるって……」

「なんでひとこと言ってくれなかったの?」

 勇介はエンジンを切ってから歩を振り返った。

「夜行バスで行けば、明日の夕方までには戻って来れると思ったんだ。だから……」

「僕が当直だから、言う必要はないと?」

 歩はうなずく。たしかに、そのスケジュールならば、当直明けで帰宅したときには歩も渚もいつもどおりマンションにいることになる。勇介が知らないうちに、歩はたったひとりで姉の納骨を済ませ、両親の墓参りをして帰ってきたはずだ。そして、いつもの笑顔で勇介を迎えて「おかえりなさい」と言うのだ。何もかも一人で抱えて、そしてたぶん、勇介は杏子の遺骨が消えたことにすら気付かないのだろう。


「そんなのって、アリか?」


 思わず言葉が出てしまう。歩は勇介から目を逸らした。

「だって、早いほうがいいかなって。……なんか、姉ちゃん、可哀想だから……」


 ハッとした。

 杏子のことで激昂し、母と言い争った。歩の前で。杏子の前で。だから歩は遺骨を納める決心をしたのだろう。杏子のために。誰かのために行動する。それが鳴沢歩という少年なのだと、あらためて気づかされる。


 自分は情けない大人だと勇介は思う。

「納骨なんて、そんな大事なこと、ひとりでさっさと済ませてこようとするなんて」


 寂しすぎる。

 でも、そうさせたのは、勇介自身だ。


「迷惑、かけたくない」

 歩はそう言って、きゅっと唇を噛む。迷惑だなんて思っていないと何度も伝えているのに、どうしたらわかってもらえるのだろうか。

 勇介は手を伸ばし、歩の頬に触れた。ニキビひとつないなめらかな肌。拒絶される前に、その顔を自分のほうへと向けさせると、勇介は歩の目を覗き込んだ。


――そうだ、何度でも言うよ。わかるまで、何度だって言う。


「迷惑じゃないから。何でも言って欲しいんだ――僕自身のためにも」

「勇さんのため?」

「そうだよ。あーちゃんも渚も家族なんだから。だから、杏子さんは僕にとっても他人じゃないはずだ。違うか?」

 でも……と口ごもる歩に、勇介は切ない目を向ける。


「ひとりで納骨なんて……そんな寂しいこと、するなよ」


 歩の目元にじわりと涙が浮いてくる。振り払われる前にと、勇介は歩の頬から手を引き、ぽんぽんと茶髪頭を叩いたのだった。


 

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