「絆―4」
院長室から医局へ戻った勇介を、宮下看護師が待ち構えていた。彼はカルテの束を抱えて、まるで主人を見つけた犬のような目で駆け寄ってくると、早口でまくしたてた。
「先生、ICUの池田さん、点滴、外科の先生にお願いしましたからね。だって途中でいなくなっちゃうし。あと、清水さんの火傷ですけど」
笑顔満面でほめて欲しいと言っているかのような宮下の早口に、勇介はさえぎるタイミングを失う。
「宮下くん、あのね」
「ガーゼは取り替えておきましたよ。だいじょうぶですって。まかせてください。どんだけ先生と組んでいると思ってるんですか?」
「いや、だからそうじゃなくて」
ヲイ!なんでそんなに一気にしゃべるんだおまえは!
「それから昨日オペした松原さんですけど」宮下く~ん、という勇介の声は、届かない。
「ご家族が先生にって、なんか手土産をもってきたんですけど……」
「みやし……」
「あれ、実はみんなでさっき食べちゃって……」
あーもう!
勇介は大きく息を吸い込んだ。
「宮下! ステイ!」
思いっきり一喝すると、宮下はいきなり敬礼のポーズで固まった。まさに飼い犬のように大人しくなった宮下に、勇介は満面の笑みで言った。
「宮下くん、ぼくはちょっと急用で外すから」
「は?」
「代わりに院長がいらっしゃるので、あとは院長に確認してください」
「へ?」
「では、そういうことで」
「は、はい~?」
まるで狐につままれたような顔で立ちつくしている宮下に背を向けて、勇介は救命センターを出た。
駐車場に止めた車に乗り込んだとき、くらりとめまいがした。ハンドルに両腕をかけて、その上に顔を伏せる。目を閉じて大きく息を吐くと、歩の顔が脳裏をよぎった。
くわしいことはわからないが、歩はY駅の夜行バス乗り場付近で補導されたようだった。深夜に幼い渚を連れていたせいもあるが、彼はなぜか制服を着ていたため、警察官が不審に思って職務質問したらしい。
歩はなぜそんなところに居たのか。天涯孤独の彼が、いったい、どこへ行こうとしていたのか。
*
勇介は、警察署の一室に通された。ドアに『会議室』と札が貼ってあったが、まるでドラマに出てくる取調室のように狭く、デスクが二台、向い合せに置かれているだけだ。そこに、まさに取り調べのようにして婦人警察官と向き合っている。中年の婦警は勇介の顔ばかり見ている。女性に注目されるのは慣れているが、こんなときにガン見されるのは少々不愉快だった。
「あの、早く歩と渚を引き取って帰りたいのですが。……なぜ、ダメなんですか?」
わざと、少し怒ったような口調で言うと、婦警は業務用の表情に戻り、コホンと咳払いした。
「そのことですが、……本人が拒絶しておりますので」
「拒絶? 会いたくないと、そう彼が言ってるのですか?」
婦警がうなずく。
「そういう場合、保護司の方を呼ぶことになっているんです。今連絡をとっています。まずは、その方と会っていただくということで」
「は? なぜです?」
歩が拒絶しているからといって、会わせてもらえなければ話しにならない。だいたい、なぜ第三者が介入するような大ごとになっているのか。保護司といえば、罪を犯した少年の保護観察などをする人のことではなかったか? そんな者が、なぜ? 歩は、何かしたのか?
「あの……保護司って、どういう? すみません、なんだか、よくわからないな」
「保護司とは、青少年の更生に関することなどの専門家、とでも思っていただけたらよろしいかと」
「いや、そうじゃなくて……」
的外れの答えにイラっとする勇介に、婦警は無機質な声で言った。
「少年の保護のためです。本人が拒絶している理由として、虐待などが考えられますから」
警察署に行けばすぐに歩と渚を引き取ることができる、そう思っていた勇介は、婦警の言葉に絶句した。
――虐待? このおれが?
「ちょっと待ってください。虐待なんて、していませんよ。とにかく、本人と話をさせてください」
「規則ですから」
言い置いて、婦警が席を立った。出て行こうとする背中に勇介は言葉で追いすがる。
「あの、じゃあ渚は? 赤ん坊のほうです。どうしてますか? 二人は一緒ですよね?」
振り向いた婦警は、業務用の仮面をはずしていた。すっと目が細められている。
「歩くんが抱えたっきりです。誰にも触らせようとしません。……だから、私たちは、余計に疑わしく思ってしまうんです」
「ぼくは、虐待なんかしていませんから!」
叫ぶ勇介を無視して、婦警は部屋を出て行った。
かなり中途半端ですが、年内の更新を終了させていただきます。
年が明けましたら更新再開する予定です。日にちは決まり次第活動報告でお知らせいたします。
ご愛読、どうもありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。
気が早いですが、良いお年をお迎えください~
冴木 昴