「絆―3」
前回のラスト
勇介に突然の呼び出し放送が。いったい何があったのか???
階段を駆け上がり、ノックもせずに二階の院長室に飛び込む。入って正面の自席に座っていた桂院長が顔を上げた。
「院長! さっきの放送……」
「北詰先生!」
ぴしゃりと叱責するような声が飛び、勇介はハッとして口をつぐむ。
「まずは、ドアを閉めて」
「はい……」
勇介は気まずい思いで後ろ手にドアを閉める。桂は室内の中央にある応接セットに座るよう、勇介に身振りでうながすと、自分もデスクから離れた。
革張りのソファに、向き合うようにして座ると、桂は硬い表情のままで言った。
「さっき、警察から北詰先生あてに電話があった」
「け、警察?」
勇介は思わず声を上ずらせる。
(オレ、何かしたか? いや、患者のことに関係が? いやいやそれとも何か別の……)
頭の中に思考の波が押し寄せて渦を巻く。
「キミの被保護者を補導したということなんだがね」
ヒ、ホゴシャ……? 補導?
「夜中に、子どもが子どもを連れて歩いてる、と」
勇介は眼を見開く。
連絡のつかない携帯電話、保育園からの問い合わせ、そして、昨夜の歩の言葉が思考の渦から浮かび上がった。
――勇さん、俺、ひとりで平気だから
(あーちゃん、ばっか野郎!)
やはり、歩はあのあと出て行ったのだ。何か手を打っておけばよかったのにと、今さらながら悔まれて、唇をかみしめる。
「キミのプライベートにかかわることだから、一応、ここに呼んだんだ」
さっきとは違う、桂の穏やかな声に、勇介は正面を見る。桂と目が合った。メガネの奥の眼差しは、落ち着いた光を宿している。
桂が口を開く。
「北詰先生のプライバシーには踏み込まないで欲しい、そう香川に言われていたから今まで聞かなかったけど、話してくれるよね?」
勇介の元上司だった香川教授と桂院長は大学時代の友人であり、そのつてで勇介は今この病院にいる。ただし、香川の言うプライバシーというのは、父親の不倫に関するウワサのことを指している。――まあ、歩と渚は父のことと関係あると言えばそうだが。
プライバシーに踏み込まないとはいうものの、職務上、上司として部下の様子を知っておきたいとは思うだろうし、部下ならば知らせておくのが普通だ。それを自分はしなかった。桂を信頼していなかったわけではないが、結局はそうとられても仕方がない。
勇介は引き結んでいた口を開く。
「同居人は、父の愛人だった女性の弟と、その子どもです。ぼくが引き取った形ではありますが、いわゆる共同生活という状態で……」
「おいおい」
桂の声に勇介は口をつぐむ。桂は驚いたような表情を浮かべている。
「もしかして、あの娘さんの?」
「あの娘さん……?」
今度は勇介が首をかしげる。
「交通事故のとき、俺が診た患者だった。とはいえ、もう亡くなっていたがね」
あ……
勇介は思い出した。鳴沢杏子のつぶれた頭部をわざわざ綺麗にしたのは桂だったのだ。
「たぶん、未成年だったからかな。警察が間に入っていたせいで、俺は弟くんには直接会っていない。けど、あのときのことは覚えているよ」
桂はポケットから煙草を取りだすと勇介に勧めた。二人で無言のままに煙草に火をつける。紫煙がくゆる天井付近を見つめ、桂が言った。
「そっか……。北詰先生が彼らをねえ……」
勇介は仕方なくぽつぽつとかいつまんで歩とのことを話した。
ひととおり聞き終わったあと、
「家族として、か……」
桂がぽつりと言う。
勇介はわざと笑みを浮かべた。
「でも、見捨てられちゃいました。彼らは彼らできちんと暮らしていたんです。同居を持ちかけたのは僕でしたからね。彼らの意思を尊重するなら、アパートの保証人になってやるだけでよかったんです。……たぶん。
それを僕は無理矢理に……。似合わないですよね」
言いながらうつむいたとき、ふうっと盛大に煙草の煙を吐きかけられた。
「だからって、このままにしてはおけないだろう。警察に行ってこい」
勇介は目をしばしばさせて、煙の中から桂を見る。
「でも、仕事が……」
「いいよ、さっさと片付けて来い。それまで俺がなんとかするから」
しっしと犬猫を追い払う仕草で桂が言う。
「ありがとうございます」
勇介は一礼してさっと立ちあがった。
ドアノブに手をかけたとき、勇介の背中に向かって桂が言った。
「そっか、そういうわけか。真相知ったら、ウチのお嬢も喜ぶだろうよ」
「え?」
振り向いた勇介に、
「北詰先生、よかったら、うちのじゃじゃ馬も引き取ってくんね? 当面は共同生活ってことでいいからよう」
桂はにやにやしながら言う。
(黒崎は……やっぱ、勘弁だな)
勇介は顔面いっぱいに無表情を貼り付けて言った。
「うちは、もう定員ですので。それより院長、僕、本日当直なので、間に合わなければそっちもよろしくお願いします」
「えええっ、聞いてない……」
文句が飛んでくる前に院長室から滑り出た勇介は、速攻でドアを閉めた。
【読んでくださるみなさまへ】
いつもお読みくださいまして、ありがとうございます。
毎週水曜日更新と決めていたのに、先週はお休みしてしまいました。申し訳ありませんでした。
年末モードで何かとあわただしい季節なので、予告なく連載が滞ってしまうかもしれません。その際は、どうかお許しを^^;
冴木 昴




