「絆―2」
救命の医局に戻ると、宮下看護師が声をかけてきた。
「北詰先生、ICUの池田さん、意識が戻りましたよ」
「そうか、よかった。すぐ行く」
昨夜の火事で、怪我を負った男性患者だ。家屋の一部が倒壊し、その下敷きになってしまったのだ。背骨が折れており、運ばれて来た時点で意識がなかった。家族全員を逃がしているうちに逃げ遅れたらしい。
「宮下くん、ご家族にも連絡してやって」
「あ、はい。わかりました」
ビシッと敬礼ポーズをとると、宮下はきびきびと医局から出て行った。
「北詰先生」
また名前を呼ばれ、今度は誰だ? と、険しい顔で振り向くと、医局長の佐竹だった。慌てて表情を取りつくろうが、佐竹はまったく気にも留めないほどに疲れた顔で言った。
「修羅場の余波で朝のカンファレンスが流れてしまったから、患者の引き継ぎなど、個別に浅川先生に確認しておいてください」
「あ、はい。わかりました」
返事をしながらソファを見れば、さきほどいびきをかいていたはずの浅川はいなかった。まさかと思うが、もう帰ってしまったのでは?
(ありうる。アイツなら、ありうる!)
勇介は思わず眉根を寄せる。
歩のことが気になるが、こんな状態ではどうしようもない。勇介はあきらめて気持ちを切り替えると、ICUへ向かった。
ICUの扉の前に立った勇介は、なにやら慌ただしい空気を感じて身構えた。中に入ると宮下看護師の声が耳に飛び込む。
「池田さん、ダメです! 背骨が折れてますから! 動けませんよ! 聞こえてますか? 池田さん!」
宮下看護師は患者にのしかかるようにしてその両肩を押さえつけていた。苦しげなうめき声がする。
「どうした?」
駆け寄ると、いきなり患者の手が勇介の白衣をつかんだ。酸素マスクの下で荒い呼吸を繰り返しながらじっと見上げてくる中年男性の顔を見た瞬間、勇介はうなずいた。
「大丈夫ですよ。ご家族は、全員無事だそうです」
「え?」
途端に、患者の体から力が抜けて、宮下看護師がきょとんとする。
肺をやられて口が聞けない彼の声が、勇介にははっきりと届いた。
――大丈夫?
そう訊ねたときの歩の目と、同じ目をしていた。大切な誰かを案じる目だ。
(あーちゃん……)
ひょっとして、出かけずに、家にいるのだろうか? やはり、学校のほうに電話してみるべきか?
「北詰先生、点滴追加しますか?」
宮下看護師に声をかけられて、勇介は思考を引き戻された。
「あ、ああ。僕がやる。キミはとなりのベッドの清水さん、ガーゼ交換頼む」
はい、と返したあと、
「あの……、やっぱり昨夜はキツかったっすかねえ?」
労わるように言う宮下の言葉にハッとする。勇介は、気づけば歩へと流れてゆきそうになる意識を懸命に引き締めた。こんな状態では医療事故をおこしかねない。
そのとき、館内放送が流れた。
『業務連絡。北詰先生、至急院長室までお越しください。繰り返します……』
「珍しいですね、院長がわざわざ自室に呼びだすなんて」
宮下の言葉は勇介の琴線に触れた。突然胸の真ん中あたりに不安がせり上げてくる。
勇介はICUを飛び出した。
「先生、点滴! 同じ量でいいんですか? 北詰先生!」
背中から宮下の声が追ってくるが、勇介は振り返ることができなかった。足が廊下を蹴る。走る勇介を、看護師たちが慌てて避ける。
(くそっ! いったい、何があった?)
最近寒くなってきたせいか、体調がイマイチです。鼻水たらたらで集中力がわいてきません。PCの前に座っても、鼻をかんでいるだけのような状態。なかなか続きがお届けできなくてごめんなさい。
みなさまも、風邪をひかないように、ご自愛くださいませ。
(あったかい生姜シロップでも飲んでみようかな・・・)




